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安倍首相が破綻国家ジンバブエを支援するもう1つの理由 ムガベ大統領の辞任拒否に国民はア然

木村正人在英国際ジャーナリスト
ムガベ大統領の辞任演説を期待していた国民は肩透かし(写真:ロイター/アフロ)

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[ロンドン発]国軍のクーデターで軟禁されているアフリカ南部ジンバブエのロバート・ムガベ大統領(93)は19日夜、国軍幹部やカトリック教会の聖職者を伴って国営放送ZBCで20分間にわたって演説しました。

辞任を表明するとみられていましたが、ジンバブエに37年間も君臨した独立闘争の英雄、ムガベ大統領はやはりしたたかで「12月に開かれるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)の党大会の議長を務める」「どうもありがとう。おやすみ」と淡々と述べ、辞任を拒否しました。

ムガベ大統領はこの日、ZANU-PFの公式な役職を剥奪され、20日朝までに辞任するか、弾劾されるかを選ぶよう最後通告を突き付けられていました。一部メディアはムガベ大統領が演説の前に辞任することを受け入れ、泣きながら「亡くなった妻と息子と話ができたら」と語ったとまで伝えていました。

演説の中で、ムガベ大統領はクーデターを起こした国軍について「憲法の範囲内で行動した」と述べ、「党と政府の失敗を認識している。ジンバブエを正常化させる必要がある」と強調しました。

隣にいた国軍首脳が演説の途中に、あれっという表情をしたのが印象的でした。ムガベ大統領が飛ばしたページを国軍首脳が横からあわてて隠す様子がTVに映し出され、さまざまな憶測を呼んでいます。野党リーダーは「ムガベ大統領に国民を弄ぶ権利はない」と反発しています。

ZANU-PFが最後通告通り、ムガベ大統領を弾劾するかどうかに注目です。支配層のZANU-PFと国軍だけでなく、国民もムガベ大統領の退陣を要求しています。ムガベ大統領がどんなに悪あがきしても、ムガベ時代が終わったことに変わりはないでしょう。

腐敗の構図

武装闘争で白人支配を終わらせたあと、親欧米路線をとり「ジンバブエの奇跡」と呼ばれる経済回復を成し遂げたムガベ大統領の最大の失敗はZANU-PFと国軍の支持を取り付けるためカネをばらまき続けたことです。財政が底をつくと白人農地を収奪し、欧米諸国を敵に回して経済を破綻させました。

独立後もごくわずかの白人がジンバブエの肥沃な農地の半分近くを所有する矛盾が残っていましたが、白人農家はタバコや牛肉、砂糖、綿、トウモロコシを効率的に生産してジンバブエ経済を潤わしていたのです。しかし白人農地の収奪で「奇跡」の構図を壊してしまったのです。

国連によると、1995~2000年にかけ差し引きして20万人が、05~10年にかけ80万人が国外に出たそうです。13年の時点で隣国の南アフリカに35万8000人、イギリスに11万6000人が移住しています。

英BBC放送によると、08年に231%というハイパーインフレーションを体験。15年6月時点で5米ドルが175,000,000,000,000,000ジンバブエ・ドルという悲惨な状況に陥りました。ジンバブエでは米ドルや南アフリカ・ランドが通貨として使用されるようになりました。

一方、告発サイト、ウィキリークスに暴露された米外交公電によると、ムガベ大統領は海外に10億ポンド相当の資産を持っているとも言われています。

中国vs日本

アメリカや欧州連合(EU)から経済制裁された破綻国家ジンバブエを支えたのは中国です。中国はジンバブエからタバコ、綿、鉱物資源を輸入し、貿易を拡大させました。しかし投資についてはジンバブエの黒人が最低でも51%の株式を保有するという現地化政策を強化したため、中国側の懸念が強まっていました。

次の大統領になるとみられているエマーソン・ムナンガグワ副大統領(75)とクーデターを主導した国軍トップ、コンスタンチノ・チウェンガ司令官(61)は、腐敗と弾圧で政権を維持してきたムガベ大統領の手先でした。

しかし41歳年下の妻グレース夫人(52)に大統領の座を譲ろうとしたムガベ大統領に愛想を尽かしたようです。グレース夫人がどうなったのかははっきりしません。

破綻したジンバブエ経済が底を打ったのは間違いありません。ムガベ大統領を敵視する旧宗主国イギリスのメディアは、ムナンガグワ副大統領は現実的な政治指導者と評価しています。

天皇との会見をお膳立て

ジンバブエ経済復活のカギは、中国を筆頭とする外資を活かして、農業や産業の生産性をいかにアップできるかです。ジンバブエからレアメタル(希少金属)を安定して輸入したい安倍晋三首相はムガベ大統領とクーデターの原因となったグレース夫人を国賓として日本に招待。2人は天皇皇后両陛下と会見しています。

いくら清濁併せ呑むリアルポリティックスが安倍外交の要諦とは言え、ジンバブエ国民からもダメ出しされたムガベ大統領に対して天皇皇后両陛下との会見までお膳立てするとは決して褒められたものではありません。アジアに詳しいメディア、ザ・ディプロマットによると、安倍首相がそこまでしてムガベ大統領とグレース夫人を歓待した狙いは少なくとも3つあります。

(1)レアメタルが埋蔵されている可能性が強いジンバブエとの関係強化。レアメタルの安定供給を実現するため、インフラや輸送力の整備に投資

(2)ジンバブエを中国のアフリカ外交のフラッグシップと位置づけ、「どんな困難に見舞われても2国間関係は不変」と宣言した中国の習近平国家主席に対抗する

(3)ムガベ大統領は北朝鮮の主体(チュチェ)思想に影響を受けている。北朝鮮へのウラン供給に合意したことがあるムガベ大統領に接近することで北朝鮮を孤立させる

ジンバブエは日本の資本主義に倣うより、中国型の国家資本主義に近づいていくように筆者には思えます。

クーデターの首謀者チウェンガ司令官がクーデターの直前に訪中したため、中国はクーデターを事前に知っていたとの観測が強まっています。安倍首相がどこまで新生ジンバブエに食い込めるのか。安倍外交の実力が試されそうです。

BBCやザ・ディプロマットの報道をもとに筆者作成
BBCやザ・ディプロマットの報道をもとに筆者作成

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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