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火花を散らす安倍・トランプ「インド太平洋」vs習「一帯一路」このままではアジアの盟主は中国だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
ASEAN首脳会議に出席するアメリカのトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

米抜きTPPが大筋合意

11月10日、ベトナムのダナンで行われた環太平洋経済連携協定(TPP)閣僚会合で11カ国によるTPP交渉の大筋合意が確認されました。凍結項目は20にとどめました。安倍晋三首相は早期署名、発効を目指す考えです。

アメリカのドナルド・トランプ大統領が就任直後に離脱したTPPの参加国はオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナムの11カ国です。

TPPにアメリカを加えた12カ国の場合

国内総生産(GDP)の合計は29兆ドル、世界全体の38%

アメリカ抜きの11カ国の場合

GDPの合計は10兆ドル、世界全体の13.6%

とにかくバラク・オバマ前大統領を目の敵にしているトランプ大統領は、オバマ時代の「ピボット・トゥ・アジア(アジア回帰政策)」の柱となる多国間のTPPから離脱しないことには気が済まなかったようです。それに比べて「一帯一路」インフラ整備構想とアジアインフラ投資銀行(AIIB、80カ国加盟)を進める中国の存在感は高まる一方です。

「自由で開かれたインド太平洋戦略」

中国は日中韓、インド、オーストラリア、ニュージーランドを含む16カ国で自由貿易協定(FTA)を進める東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)でも主導権を握り始めています。そこでトランプ大統領がTPPの代わりに持ち出したのが、アメリカ、日本、オーストラリア、インドの4カ国で結束を強める「自由で開かれたインド太平洋戦略」です。

12日フィリピンのマニラでアメリカ、日本、オーストラリア、インドはインド太平洋地域での法の支配、自由で開かれた国際秩序について話し合いました。念頭にあるのは東シナ海や南シナ海で強引に海洋進出する中国です。4カ国はインド太平洋地域における秩序・国際法の尊重、航行の自由と海洋安全保障の確保を協議しました。

トランプ大統領はアジア歴訪で何度も「インド太平洋戦略」を持ち出しましたが、いかんせん構想レベルで中身が伴いません。中国への対抗手段だったTPPからアメリカが離脱した穴は大きすぎます。アメリカはオバマ時代の「多国間主義」に決別し、貿易赤字解消のため「2国間」に舵を切りました。

北朝鮮の核・ミサイル問題で渦中にある韓国は「THAAD(高高度防衛ミサイル)の追加配備に応じない」「米国のミサイル防衛(MD)システムに参加しない」「韓米日同盟はない」の「三不政策」を発表し、中国に擦り寄りました。THAAD配備に対する中国の経済的な締め付けがよほど効いたようです。

中国の経済力の前に、トランプ大統領のアジア戦略は足元から崩れています。

アメリカの貿易赤字

トランプ政権は、貿易赤字を解消しさえすればアメリカ国内の雇用は回復すると考えています。今回のアジア歴訪で明らかになったのは、同盟国の日本や韓国には北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の軍事的拡張を背景にアメリカ製の高額兵器を売りつけて貿易赤字を減らす戦略です。

世界貿易機関(WTO)で「市場経済国」の地位を認めなかった中国については、反ダンピング関税や知的所有権の保護をタテに圧力を強めていくとみられています。

アメリカの貿易赤字をアメリカ商務省国勢調査局のデータで見ておきましょう。財の貿易赤字は2016年、対中国が最も多く3470億ドル、対日本が2番目に多く688億ドル。対ドイツは647億ドル。対メキシコは644億ドル。対韓国は275億ドル。対カナダは110億ドルです。

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トランプ政権の頭にあるのは1980年代の日米貿易摩擦です。まず多国間の貿易協定をやめて2国間に切り替えます。74年アメリカ通商法の緊急輸入制限条項(201条)や不公正貿易に対する制裁条項(301条)を使って、貿易黒字国に圧力をかけていくつもりでしょう。

80年代の日本は、円高ドル安に転換するプラザ合意(85年)に応じるとともに、現地生産を増やし、輸入自由化を促進しました。

アメリカのTPP復帰はあるか

トランプ政権の国家通商会議トップ、ピーター・ナバロ氏は自著『中国による死』の中で、中国の為替操作と貿易政策の悪用、粗悪品がアメリカ経済を脅かしていると指摘しています。

「貿易赤字=失業」という主張は果たして本当なのでしょうか。80年代の日米貿易摩擦は日米の自動車を見れば分かるようにアメリカの国際競争力低下に最大の原因がありました。

しかし冷戦が終結し、経済のグローバル化が進んだ今、一国の貿易黒字が他国の失業を生み出していると簡単に結論付けることはできません。 アメリカが主導したネオリベラリズムによる国内格差の拡大にも大きな問題があるのではないでしょうか。

多国間の自由貿易は止めて、通商法201条や301条でアメリカが貿易赤字を抱えている国を締め上げていくやり方では、どの国もついていこうとはしないでしょう。

グローバリゼーションの盟主はこのままでは中国の習近平国家主席とドイツのアンゲラ・メルケル首相になってしまいます。アメリカが中国に懲罰関税を発動したら、中国が80年代の日本のように大人しく応じるとはとても思えません。中国はアメリカに匹敵する経済力を身に着けつつあります。

多くの技術や知識は先進国から中国に移転しており、中国の富裕層は私たちが想像している以上に多く、巨大な資産を持っています。インドを巻き込む「インド太平洋戦略」はもちろん大切なのですが、アメリカがTPPに復帰するのがアジアの経済的なバランスを取り戻す一番の近道であることは言うまでもないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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