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「チビ・デブ」金正恩「年寄り」トランプの対話は進むのか 中国の出方次第では朝鮮戦争の恐れ

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩(写真:ロイター/アフロ)

「友達になれるよう頑張る」

[ロンドン発]アジア歴訪で日本、韓国、中国との首脳会談を終えたアメリカのドナルド・トランプ大統領が12日、ベトナムのハノイから北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩についてツイッターでこうつぶやきました。

「私が奴を『チビでデブ』と二度と呼ばないようにしても、奴は私のことを『年寄り』呼ばわりして侮辱する理由があるだろうか? まあ、いい。私は奴と友達になるよう最大限、頑張ってみる。友達になれる日がいつか来るかもしれない」

北朝鮮外務省が前日の11日「トランプのアジア歴訪は北朝鮮の対立を強調し、戦争を挑発するツアーだ。トランプのような常軌を逸した老いぼれにわが国を脅したり、我々の核・ミサイルを止めたりすることはできない」という声明を出したことが癇に障ったようです。

日中韓の首脳とそれぞれ2国間で話し合ったトランプ大統領は、これまで「時間の無駄」と退けてきた北朝鮮との対話について否定しなくなりました。北朝鮮の核・ミサイル能力を取り除く先制攻撃論を抑えて、しばらくは対話路線でというシグナルでしょうか。

トランプ大統領のツイート衝動は誰にも止めることができません。トランプ大統領の行動パターンは(1)バラク・オバマ前米大統領の政治的なレガシー(遺産)をことごとくひっくり返す(2)自尊心を傷つけられたらツイッターですぐにやり返す(3)貿易赤字の解消を経済政策の柱に据える――です。

北朝鮮は挑発の名人

米紙ワシントン・ポストによると、北朝鮮は「老いぼれ」「年寄り」「戦争マニア」「常軌を逸した」という決まり文句を使ってトランプ大統領を挑発しています。アメリカ史上最高齢で大統領に就任したトランプ大統領は「年寄り」と呼ばれるのが一番気に障るようです。

北朝鮮がアメリカの大統領や高官を茶化すのは何もトランプ大統領が初めてではありません。

オバマ大統領「汚い奴」

ジョン・ケリー前米国務長官「ひどく醜い手提げランプのようなアゴ」

ヒラリー・クリントン元米国務長官「女子生徒」「年金生活者」

ジョージ・ブッシュ元米大統領(子)「ペテン師と政治的バカの固まり」

ブッシュ元大統領が陰で金正恩の父親、金正日のことを「知能の低い人」と呼んだことがありますが、金正恩に対して「非常に小さな召使」「ちっぽけなロケットマン」とまともにやり合っているのはトランプ大統領だけです。

それもそのはずで、「水爆」実験に成功し、アメリカ本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)能力を獲得した北朝鮮と金正恩を無視できなくなったからです。

中国に「ノー」と言えない韓国

トランプ大統領のアジア歴訪の課題は(1)北朝鮮の核・ミサイル問題(2)対日中韓の貿易赤字の解消――でした。日本の安倍晋三首相はゴルフ外交で「晋ちゃんラッキートランプ」(国会のお土産せんべいの名前)関係を国内外に強調し、中国を取り囲む「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱することができました。

日本にとって北朝鮮の核・ミサイルは火急の問題ですが、本丸は中国です。北朝鮮の核・ミサイル開発を野放しにしてきたのは、北朝鮮の崩壊を何より怖れる中国だからです。孤立主義、保護主義を強めるトランプ大統領に対して、先の党大会で政権基盤を固めた中国の習近平国家主席はアジアでの存在感を増しました。

アジアにとって中国の横暴を抑える重しとしてアメリカの軍事力は欠かせませんが、アジア経済の原動力はアメリカではなく、中国です。

アメリカの3つの空母機動部隊を日本海に集めた日米韓の合同軍事演習計画は韓国の反対で、日米、韓米と別々に行われました。さらに韓国は「THAAD(高高度防衛ミサイル)の追加配備に応じない」「米国のミサイル防衛(MD)システムに参加しない」「韓米日同盟はない」の「三不政策」まで発表しました。

「THAAD配備は中国の核抑止力を減ずる」と中国に経済で締め上げられた韓国が国防という国家にとって一番重要な主権を放棄した格好です。

「来年、朝鮮戦争が起こる確率は50%」

対北朝鮮圧力派のトランプ大統領、安倍首相に対して、北朝鮮を朝鮮半島のバッファー・ゾーン(緩衝地帯)として残したい中国は日米韓の結束に楔を打ち込んで韓国を抱き込むことに成功しました。

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領はいまだに北朝鮮との対話にこだわっているのでしょうか。

金正恩のゴールは(1)アメリカ全土を攻撃できる核ミサイル能力を獲得(2)アメリカに北朝鮮は核兵器保有国であることを認めさせる(3)アメリカと平和条約を結ぶ(4)北朝鮮主導で朝鮮半島を統一する――ことです。

中国が対北朝鮮制裁を強化したとしても北朝鮮に挑発的な核・ミサイル実験を思いとどまらせる程度で、核兵器を放棄させることは100%あり得ないでしょう。

国際的なシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のアメリカ本部長マーク・フィッツパトリック氏は「来年、現状が維持される可能性は50%以上とは言えない」と分析しています。つまり北朝鮮有事が勃発する恐れが50%もあるということです。

フィッツパトリック氏によると、アメリカのジョン・ブレナン前CIA(中央情報局)長官も北朝鮮有事の可能性を20~25%とみています。デニス・ブレア元国家情報長官は次のようにアドバイスしています。

「北朝鮮が実際に太平洋に核ミサイルを撃ち込んだら、韓国と日本の米軍基地から北朝鮮の核実験施設、ミサイル発射施設に総攻撃をかけるべきだ。アメリカの艦艇やアメリカ本土の基地からも同じように攻撃すべきだ」

頼みの綱は「晋ちゃんラッキートランプ」関係

フィッツパトリック氏は、金正恩はこうした報復を体制崩壊のための攻撃とみなして韓国や日本に核ミサイル攻撃を仕掛ける危険性が大きいと警告しています。

中国と北朝鮮の次の狙いは日本とアメリカの間に楔を打ち込むことです。アメリカ本土を攻撃できる「戦略的」な核・ミサイル能力を目指さない代わりに、地域的な「戦術核」の保有国として認めることを交渉条件に持ち出せば、日本を孤立させることができます。

トランプ政権は今のところ「晋ちゃんラッキートランプ」関係を重視して日本を見捨てるような形では絶対に交渉は進めないと約束してくれています。

初来日したトランプ大統領と安倍首相(首相官邸HPより)
初来日したトランプ大統領と安倍首相(首相官邸HPより)

自尊心が強いトランプ大統領は政権内の忠言には顔をそむけますが、尊敬する安倍首相の話にだけは耳を傾けるそうです。環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱したトランプ大統領が安倍首相の「自由で開かれたインド太平洋」構想に飛びついたのはその証拠です。

中国が金正恩の核・ミサイル開発を止めるため、どれだけ本気で動いてくれるのか。日米両国は結束して中国を動かさなければなりません。日本とアジアの安全は安倍首相の双肩にかかっていると言っても過言ではないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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