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懲りないアップル「パラダイス文書」で新たな税逃れスキーム発覚 トランプvs欧州の「税金戦争」勃発も

木村正人在英国際ジャーナリスト
日本国内でも発売が開始されたアップル「iPhone X」(写真:アフロ)

アップルの新たな税逃れスキーム

[ロンドン発]タックスヘイブン(租税回避地)の法律事務所から漏洩した「パラダイス文書」に基づき、英BBC放送の調査報道番組パノラマと国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のサイモン・バウアーズ記者が、米アップルが2013年に行き過ぎた租税回避を指摘された後もスキームを組み替えて税逃れを続けていたと指摘しています。アップルは「我々は世界最大の納税者なのに」と反論しています。

まずパノラマとICIJのバウアーズ記者の指摘を見ておきましょう。

13年5月、アメリカ連邦議会上院行政監察小委員会の公聴会にアップルCEO(最高経営責任者)ティム・クック氏が出席。カール・レビン委員長(当時)は「アップルは税逃れの聖杯を探している」とアイルランドにあるアップル子会社が過去5年間どの国にも法人税を納めず、アイルランド政府との間で2%を下回る法人税率の適用を受けることで合意していたと追及しました。

クック氏は「税金はきっちり納めている」と反論し、逆に法人税率の引き下げや海外利益への課税引き下げを要請しました。アメリカの法人税率は40%(国際会計事務所KPMGの実効税率データより)とアイルランドの12.5%に比べて随分高くなっています。アップルは当時「ダブル・アイリッシュ、ダッチ・サンドイッチ」と呼ばれる巧妙な節税スキームを利用していました。

筆者作成
筆者作成

法人税率が低いアイルランドに第1法人を設立し、アメリカ本社が開発した無形資産についてコストシェアリング契約を結びます。第1法人の管理機能をタックスヘイブンの英領バージン諸島に移し、アイルランドの法人税課税を免れます。

次にアイルランドに第2法人を設立、無形資産の使用料に税金がかからないオランダにも子会社を設けて2つのアイルランド子会社の間に挟み込み、源泉課税を免れる手口です。これで海外収入にかかる海外での納税率を5%超、数年間は2%未満に抑えていたと報じられています。

「税金の例外扱いの公的保証は可能か」と問い合わせ

欧州連合(EU)も調査に乗り出したため、アイルランド政府は13年10月、法人税課税のスキームを見直すと発表しました。「パラダイス文書」によると、アップルのアドバイザー、米ベーカー&マッケンジー法律事務所は翌14年3月、英領バミューダ諸島のアップルビー法律事務所に電子メールで連絡を取ります。アップルビー法律事務所は「パラダイス文書」の最大の流出元です。

電子メールは、タックスヘイブンの英領ケイマン諸島、バージン諸島、バミューダ諸島、マン島、ガーンジー、ジャージーを使うことでどんなメリットがアップルにあるのかを問い合わせています。電子メールは相談内容が公にならないよう釘を刺しています。

「それぞれの管轄権に登記した場合、どんな情報が開示されますか」

「税金の例外扱いについて公的な保証を得ることができますか。保証をもらう費用はどれぐらいかかりますか。また、どれぐらいの期間、保証されますか」

「アイルランドの会社はそれぞれの管轄権において課税されることなくマネジメントできますか」

「近い将来、法律が私たちにとって好ましくない方向に変わる可能性は少しでもありますか」

「政権交代の可能性はありますか」

結局、アップルはイギリス海峡のチャンネル諸島の一つ、ジャージーを選びます。アップルのオフショア・マネーは2520億ドルにのぼるそうです。当時ジャージーの法人税率は0%(現在は業種によって0%、10%、20%)で、14年後半につくられた新しい税逃れスキームの中で重要な役割を果たします。

アイルランドに130億ユーロ追徴課税を命じたEU

EUの執行機関、欧州委員会は昨年8月、加盟国アイルランドに現地法人を置くアップルが03年から14年にかけ130億ユーロの納税を免れていたとして、追徴課税するようアイルランド政府に命じました。アイルランド政府がアップルに認めた優遇税制は違法だという厳しい判断です。延滞税を含めると追徴額は190億ユーロにのぼります。

アップルとアイルランドは手を携えて成長してきました。アップルはアイルランド南部コークに初の海外生産拠点を構え、1980年にアップルの共同創業者スティーブ・ジョブズがコークの工場を訪れて地元政治家に説明する写真が残っています。当時の従業員は60人でしたが、今では6000人が働いています。

アイルランドの法人税率は80年代には50%でした。これでは外資系企業は呼び込めないと00年代前半に12.5%に下げた結果、700社以上のアメリカ企業がアイルランドに進出しました。アメリカに渡ったアイルランド移民が多いことも背景にあります。法人税率を低くした効果は絶大で、対内直接投資の残高は14年末で3115億800万ユーロに達しています。

欧州委の発表資料を筆者加工
欧州委の発表資料を筆者加工

欧州委が告発した「脱税スキーム」は上のインフォグラフィックの通りです。アップル・オペレーションズ・ヨーロッパ(欧州の生産拠点、AOE)とアップル・セールス・インターナショナル(ASI)を設けて製品をASI経由で欧州やアフリカ・中東に販売し、総売上をASIに集めます。そして2つの法人のヘッドオフィスである無国籍ペーパー会社に利益の大半を移してしまうのです。

11年にASIは160億ユーロの収益を計上しますが、5000万ユーロを除いてすべての収益を無国籍ペーパー会社に移していました。アップルがアイルランドで納税した金額は1000万ユーロでした。11年の法人税率は0.05%、14年にはさらに0.005%にまで圧縮されたと欧州委は指摘しています。

税制改正後も優遇措置受けていたアップル

ICIJによると、ASIは10~14年に世界全体におけるアップルの売り上げの6割近い1200億ドルを計上していました。アップルは15年以降、上院の公聴会で問題になった3社のうちアップル・オペレーションズ・インターナショナル(AOI)とASIの2社をジャージーに移し、AOEをアイルランドに残したとみられています。

アイルランドの税制改正に伴って、アップルはジャージーのASIからアイルランドのAOEに2000億ドルもの無形資産を譲渡することで税の優遇措置を受けたようです。これによってアップルはその後も税率を2.5%に抑えることができたとICIJは指摘しています。実際にこの年、2700億ドルもの無形資産がアイルランドで計上され、アイルランドの国内総生産(GDP)は26%も成長したのです。

アップルは「我々は世界最大の納税者だ。過去3年間に350億ドルもの法人税を納めている。他にも不動産税、支払い給与税、物品販売税を納めている。15年、法律に則って会社のストラクチャーを変えたが、いかなる国でも税を逃れたわけではない。アイルランドから会社の活動や投資を動かしたわけではない」と反論しています。

アップルによると、アメリカでは35%の法人税を納め、海外収入については21%の税率で納税。全体の税率は24.6%で他の米グローバル企業の納税率より高いと説明しています。15年にアイルランドの税制が改正され、アップルは過去3年間にアイルランドで15億ドルの法人税を納めています。アップルが世界全体で納めている法人税の7%に相当するそうです。

アメリカの税制ではタックスヘイブンの無国籍ペーパー会社に置いている海外収入を国内に戻すときに35%の税率で課税されます。この課税を避けるため、貧困と不正と戦う国際団体オックスファムは、アメリカのトップ企業50社が15年の時点で1.6兆ドルのオフショア・マネーを抱えていると指摘しています。

オフショア・マネーは総額で2.6兆ドルにのぼるという指摘もあり、ドナルド・トランプ米大統領は国内への投資を促すため、法人税率を20%に引き下げるとともに、オフショア・マネーを国内に戻す際の一時的な優遇措置として税率を10%に下げることを提案しています。オックスファムによると、トップ50社は一時的な優遇措置で少なくとも3000億ドルを節税できるそうです。

グローバル企業の過剰な租税回避スキームに国際的な非難が集まり、主要20カ国・地域(G20)は抜け道を塞ぐため「税源侵食と利益移転(BEPS)」の新ルールの導入を進めています。

欧州委は15年10月、オランダとルクセンブルク各政府がそれぞれスターバックスとフィアット・クライスラー・オートモービルズに対して違法に優遇税制を認めていたとして3000万ユーロと2000万ユーロの追徴課税を命じています。欧州委は17年10月にも、ルクセンブルク政府がアマゾンに最大2億5000万ユーロの違法な優遇税制を認めていたと指摘しています。

オランダ、アイルランド、バミューダ諸島に集中

カルフォルニア大学バークレー校のガブリエル・ザックマン教授の分析では、世界の人口の0.33%にも満たないオランダ、アイルランド、バミューダ諸島にアメリカのグローバル企業が昨年海外で得た利益の35%が集中しているそうです。オランダの法人税率は25%とそれほど低くありませんが、特許権など特定の知的財産から生じた法人所得に対する軽減税制「パテントボックス」を導入しているため、多くの外資系企業が拠点を置いています。

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グローバル企業がどの国で利益を申告し、開発費などの経費を計上するかは非常に難しい問題です。各国とも外資系企業を誘致するために法人税率を引き下げたり、「パテントボックス」を導入したりしています。また財政難を解消するためグローバル企業への課税を強化しています。

トランプ政権は、アップルやアマゾン、マクドナルドといったアメリカのグローバル企業に対するEUの課税強化に反発を強めていくでしょう。アメリカのグローバル企業に対する課税の優先権はアメリカにあり、「EUはアメリカ企業を狙い撃ちしている」と考えているからです。トランプ大統領は法人税を20%に引き下げることでアメリカ企業の国内回帰を促す考えですが、トランプvs欧州の「税金戦争」に火が着く可能性があります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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