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「北朝鮮有事の可能性、来年は五分五分」米専門家「韓国から個人資産引き揚げよ」有力ニュースレター警告

木村正人在英国際ジャーナリスト
誰が金正恩の核・ミサイル開発を止めるのか(写真:ロイター/アフロ)

アメリカが先制攻撃を仕掛ける

北朝鮮の核・ミサイル危機について、北東アジアに詳しい米ニュースレター「ネルソン・レポート」が、「アメリカが北朝鮮に対し先制攻撃(pre-emptive strike)を仕掛けるか、軍事行動を起こす可能性を深刻にとらえ、韓国から個人資産を引き揚げるのが得策とトランプ政権の高官が非公式に警告した」と伝えています。

ネルソン・レポートはこうも指摘しています。「同様の警告が非公式に北朝鮮で活動するNGO(非政府組織)にも与えられた。朝鮮半島有事の際、人質になる恐れがあるからだ。この情報源は信頼できる。私たちが知り得る限り、これは非公式な警告だが」

「複数の政府高官はトランプ米大統領がすでに大陸間弾道ミサイル(ICBM)の成功を防ぐため北朝鮮に対して軍事行動を起こすよう命じるリスクを取ることを決断したと言っているのではない」

「北京も、平壌も、東京も、ソウルもアメリカにその準備があるという報告を真剣に受け止めなければならないと彼らは言っているのだ。これは単なる非常事態の仮想ではない」

ネルソン・レポートによると、朝鮮半島有事の図上演習はもう何年も行われており、珍しいことではありません。しかし、緊張が高まるといつもは「落ち着くことが肝心だ」と口癖のように語る政府高官が今回ばかりは明確な警告を発していると記しています。

無策だったオバマ前大統領の8年間

オバマ前米大統領の8年間は、核とミサイルを使って揺さぶりをかけてくる北朝鮮の「瀬戸際戦略」に対して絶対に譲歩しない「戦略的忍耐」を貫きました。核・ミサイル開発を諦めない限り、北朝鮮を経済的に孤立させる作戦でした。しかし北朝鮮は核・ミサイル開発と経済発展を同時に進める並進路線に成功します。

中国が北朝鮮の体制崩壊で大量の難民が押し寄せるとともに、朝鮮半島のバッファーゾーン(緩衝地帯)を失うことを怖れ、北朝鮮の生命線を断つような経済制裁を実行しなかったからです。北朝鮮が抑止核を保有することを黙認するような態度を中国がとってきたため、北朝鮮の核・ミサイル開発は止まりませんでした。

時間が経てば経つほど、北朝鮮の核・ミサイル能力は飛躍的な向上を遂げ、韓国や日本の安全保障に対する危機はとんでもないほど大きく膨らんでしまいました。北朝鮮がアメリカ東海岸を攻撃できる核ミサイル能力を獲得する日は想像していた以上に早く近づいてきたのです。

トランプ大統領のはしゃぎぶり

トランプ大統領は、オバマ前大統領と正反対のことを言ったり、したりしてはツイッターで大はしゃぎしています。オバマ前大統領の戦略的忍耐と正反対のことと言えば、軍事行動です。北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩がICBMを発射しようとする前に先制攻撃を仕掛けることをトランプ大統領は何度もにおわしてきました。

「(北朝鮮への軍事攻撃は)第2の選択肢だ。準備万端だが、これを選択すれば北朝鮮は壊滅的打撃を受ける」「(歴代米大統領は)私に大変な難題を残した。私がその難題を解決する」(9月26日、ホワイトハウスでの記者会見)

「私はティーラーソン、我々の素晴らしい国務長官にちっぽけなロケットマン(金正恩)と交渉しようとすることは時間の浪費だと話している」(10月1日)

米朝交渉の鍵を握る崔善姫

北朝鮮の核・ミサイル問題に詳しいシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長はIISSのブログで次のように記しています。

金正恩に近く、米朝交渉の鍵を握る人物とされる北朝鮮の外交官、崔善姫は10月中旬に開かれたモスクワ核不拡散会議に出席。金正恩をほめずに、祖父の金日成をたたえた中国人パネリストに対し「金正恩委員長も祖父と同じように賢明で先見の明がある。祖国も軍も金正恩委員長のリーダーシップを信頼している」と言い返したそうです。

そして、これまでの発言を繰り返しました。「アメリカに核兵器保有国として北朝鮮に関与する準備がない限り、北朝鮮の核兵器は交渉のテーブルに乗せることはできない」、と。フィッツパトリック氏によると、北朝鮮が核放棄に何の興味も示さないため、ワシントンではICBMの発射準備段階で攻撃(preventive strike)せよという強硬意見が強まっているそうです。

米朝間の緊張はこれまでにないほど高まっています。モスクワ核不拡散会議の参加者の1人は11月から来春までの間は主要な米韓合同軍事演習が予定されておらず、北朝鮮が緊張を緩和する良い機会だと指摘したそうです。フィッツパトリック氏は「来年になれば北朝鮮との間で軍事紛争が起きる可能性は五分五分になる」という結論に達したと結んでいます。

米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」のマイケル・ザギュレク氏はアメリカと北朝鮮の緊張が不測の事態にエスカレートし、北朝鮮が保有するすべての核ミサイルを東京とソウルに撃ち込んだ場合どうなるか、人的被害を推計しています。

核出力が25キロトンでミサイルの到達率80%が最もあり得るシナリオとして東京とソウルの被害は死者約210万人、負傷者約770万人。250キロトンの水爆で到達率80%なら死者383万人、負傷者1360万人。(筆者エントリー「ノーベル平和賞で核戦争を防げるか 北朝鮮が東京とソウルを核攻撃したら死者210万人、負傷者770万人」

「国難突破解散」と銘打って総選挙に大勝した安倍晋三首相がトランプ大統領の賢明な相談相手になってくれると良いのですが…。トランプ大統領が北朝鮮に対する軍事オプションを決断した場合、東京とソウルは甚大な被害を覚悟しなければなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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