北朝鮮「水爆」危機 分裂する圧力派の安倍・トランプVS対話派メルケル【イチから分かるドイツ総選挙】

「アメリカと同盟国に手を出せば北朝鮮を完全に破壊する」と演説したトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

「全ての選択肢はテーブルの上にある」

[ロンドン発]9月20日の国連総会で安倍晋三首相は「不拡散体制は史上最も確信的な破壊者によって深刻な打撃を受けようとしている」と核・ミサイル実験を強行する北朝鮮を厳しく指弾しました。そして過去の「対話」がいかに北朝鮮の核・ミサイル開発を利してきたかを強調しました。

「国際社会は北朝鮮に対し1994年からの十有余年、最初は『枠組合意』、次には『六者会合』によりながら辛抱強く対話の努力を続けた」。しかし「対話とは北朝鮮にとって我々を欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった」

「北朝鮮に、すべての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄させなくてはなりません」「そのため必要なのは対話ではない。圧力なのです」「『全ての選択肢はテーブルの上にある』とする米国の立場を一貫して支持します」

「ロケットマンの自殺行為」

アメリカのドナルド・トランプ大統領も前日の19日、アメリカ全土を核ミサイルで攻撃する能力を獲得しつつある北朝鮮を容赦なく非難しました。

「我々は、北朝鮮が、スパイの語学訓練のため、13歳のかわいい日本人少女を海岸から拉致したことを知っている」「アメリカは大いなる強さと忍耐を持っている。しかし、もしアメリカ自身や同盟国を守る必要に迫られたら、北朝鮮を完全に破壊する以外に選択肢はない」

「ロケットマン(北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩)は自分自身と体制のため自殺行為である使命に向かっている」「アメリカは準備を整え、意思と能力を持っているが、願わくは、そうする必要がないことを望んでいる」

安倍首相も13歳の日本人少女、横田めぐみさん(1977年、新潟市の中学校から帰宅途中に拉致)に言及しており、軍事オプションを含む「全ての選択肢はテーブルの上にある」というトランプ大統領と安倍首相の演説は完全に軌を一にしています。

「トランプ大統領とは一線を画する」

これに対して、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は国外向け公共放送ドイチェ・ウェレ(DW)にこう発言しました。

存在感を増すメルケル首相(9月5日、ドイツ・ハイデルベルクで筆者撮影)
存在感を増すメルケル首相(9月5日、ドイツ・ハイデルベルクで筆者撮影)

「(北朝鮮を完全に破壊するというトランプ大統領の)この手の脅しに私は反対します。私自身、ドイツ政府に関して言えば、いかなる軍事的な解決も全く適切ではない、外交努力によるべきだと考えていると言わざるを得ません」

「対北朝鮮制裁、制裁の強化が正しい答えだというのが私の意見です。北朝鮮に関して他の選択肢は間違っていると考えます。それが我々ドイツがアメリカの大統領と明確に意見を異にする理由です」

DWによると、メルケル首相はトランプ大統領の国連演説の前に電話でドイツの立場を説明したそうです。

「欧州の未来を欧州の手に取り戻す」

ドイツは国連安全保障理事会の常任理事国(P5)でも核保有国でもありません。が、P5で核保有国のフランスや欧州連合(EU)を離脱するイギリス以上の存在感と発言力を持ち始めました。

タオルミーナで開かれたG7(先進7カ国)首脳会議でトランプ大統領が地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱する意向を強く匂わせました。このあとメルケル首相はこう演説します。

メルケル首相(今年3月、ドイツ・ハノーバーで筆者撮影)
メルケル首相(今年3月、ドイツ・ハノーバーで筆者撮影)

「私たちが他の国々を完全に頼ることができた時代はある程度、終わりました。それを私はこの数日間で経験しました」

「私たち欧州人は真に、私たちの未来を私たちの手に取り戻す必要があります。アメリカやイギリスと友好関係を保つのは当然で、良き隣人、ロシアや他の国々の関係も同様です」

「しかし私たち欧州人は私たちの未来と運命のために働かなければならないことを自覚する必要があります」

大きく変わるドイツ

ドイツの外交・安全保障政策は大きく変わろうとしています。

戦後、欧州の外交政策は、北大西洋条約機構(NATO)のイズメイ初代事務総長(イギリス)の「(NATOの役割は)アメリカを取り込み、ロシアを締め出し、ドイツを抑え込む」ことだという一言に凝縮されています。

ドイツにも、ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)のトラウマが残っています。ベルリンの壁崩壊、東西統一後、ドイツ経済が停滞したこともあって、ドイツの外交・安全保障政策はいつも控え目、周囲から強く求められてから動くのが当たり前でした。

しかしイラク戦争と世界金融危機でアメリカとイギリスが大きな後退を余儀なくされる中、EUとユーロの結束を守ることに全力を尽くしてきたドイツとメルケル首相の存在感は非常に大きくなってきました。

これまでのようにイギリスやフランスの顔色を見る必要はなくなりました。彼らは影響力を失ったからです。EU加盟国もメルケル首相の決断を待つようになりました。

国防費を600億ユーロに増額へ

これまで軍備増強には慎重だったメルケル首相も、トランプ大統領から「NATOは時代遅れ」「国力に見合った応分の負担を」と脅され、2024年までにNATOの目標である国防費の対国内総生産(GDP)比2%、金額にして年間600億ユーロを達成する方針です。

現在、国防費の対GDP比は約1.2%。これまでの2020年度国防予算目標は392億ユーロに過ぎなかったのですから大変な増額です。今後、欧州がドイツ中心に回っていくのは間違いありません。しかし日本にとって心配なのはドイツと中国の関係です。

地理的に遠い欧州と中国の間には、南シナ海や東シナ海における中国の海洋進出に頭を痛める日本やアメリカと違って、地政学上の対立点はありません。ドイツと中国は合同閣議を開くほど、関係は良好です。

メルケル首相がホスト役を務めたハンブルクでの20カ国・地域(G 20)首脳会議(サミット)では北朝鮮の核・ミサイル開発に対する非難は盛り込まれませんでした。中国やロシアが反対し、対立を恐れて欧州が踏み込むのを避けたためです。

安倍首相はメルケル首相を味方にできるか(今年3月、ハノーバーで筆者撮影)
安倍首相はメルケル首相を味方にできるか(今年3月、ハノーバーで筆者撮影)

トランプ大統領に問題があるとは言うものの、第3極のメルケル首相がこれだけ公然とアメリカとの立場の違いを強調するのは心配です。

メルケル首相が4選を果たして支持基盤を強化した暁には、仏独を基軸とした欧州の結束強化にさらに舵を切る可能性があります。アメリカ頼みの日本は、EUから離脱するイギリスとの協力関係を深めて日米同盟を補完していく必要に迫られそうです。

(おわり)