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北朝鮮の核ミサイルにトランプが「最終兵器」を中国・ロシアに発射!?

木村正人在英国際ジャーナリスト
金正恩と核ミサイルを止めることはできるのか(写真:ロイター/アフロ)

30億ドルにのぼる北朝鮮の外貨稼ぎ

 [ロンドン発]アメリカの財務省外国資産管理室は22日、北朝鮮による核・ミサイル開発を助けていたとして国連の制裁決議に基づき、中国とロシアの10団体・6個人を制裁対象に新たに加えました。10団体・6個人がアメリカ国内で保有する全資産を凍結し、アメリカの金融機関がその資産を取り扱うのを禁止するという内容です。

 アメリカ軍と韓国軍による定例の合同軍事演習「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」が前日の21日から韓国で始まったばかりです。米軍基地があるグアムへの弾道ミサイル発射を準備している北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩がどう出るのか、予断を許しません。

 金正恩は石炭やレアメタル(希少金属)の輸出で30億ドルの外貨(米誌タイム)を稼ぎ出し、核・ミサイル開発と経済成長の「並進路線」を成功させています。

 アメリカの大統領ドナルド・トランプは、イランの核開発を止めるのに大きな成果をあげたオバマ前政権時代の第2次制裁を北朝鮮に適用、対象を中国からロシアの団体・個人にも広げて北朝鮮の核・ミサイル開発を止めたい考えです。

最終兵器とは

 第2次制裁とは、北朝鮮の金正恩体制が中国やロシアといった第三国の団体・個人をフロント(隠れ蓑)に使って外貨を稼ぐのを止める制裁です。制裁対象に加えられた第三国の団体・個人はアメリカ国内に保有する資産を凍結されます。

 アメリカの財務長官スティーヴン・マヌーチンは22日、こう宣言しました。

 「アメリカ財務省は北朝鮮の核・ミサイル開発を助ける団体・個人をターゲットに圧力を増し、アメリカの金融システムから排除し続ける考えだ。中国やロシア、その他の国の団体・個人が、北朝鮮が大量破壊兵器を開発し、地域を不安定化するのに使う資金をつくらせているのを容認できない」

 第2次制裁では対象が当事国の北朝鮮とアメリカの団体・個人からフロントとみなされた中国やロシアの団体・個人に広げられ、さらにはその関係先へと芋づる式に拡大していく可能性があります。最終的なターゲットは間違いなく中国やロシアの金融機関でしょう。

 制裁内容を一言で要約すれば、北朝鮮の核・ミサイル開発につながる外貨稼ぎを手伝い続けるか、アメリカの金融システムへのアクセスを失うか、二者択一を迫るものです。アメリカの金融システムへのアクセスを失えば、米ドルを調達するのが極めて難しくなり、貿易や投資に甚大な支障が出ます。

 第三国への金融制裁が拡大すれば、北朝鮮への資金の流れは完全にストップします。

 イランの核開発では2006年以降、国連安全保障理事会の制裁決議が出たものの、核開発を止めることはできませんでした。

 そこでオバマ政権は第2次制裁を発動。海外資産を凍結され、経済的に苦境に追い込まれた強硬派の前政権は倒れます。穏健派のロウハニ現政権は15年7月、核兵器開発につながるウラン濃縮活動を制限する見返りに制裁を解除することで米英独仏中ロと合意しました。

 「使えない核兵器」と違って、世界最大の経済力を背景にした金融制裁はアメリカ外交の「最終兵器」と言われています。アメリカの財務省外国資産管理局やニューヨーク州金融サービス局は平然と自国領域外に自国法を適用する「域外適用」をしてくるので、ロシアと中国の金融機関は戦々恐々としているはずです。

中国、北朝鮮の石炭5億ドル輸入

 今回、制裁対象になった行為は以下の通りです。

(1)北朝鮮の核・ミサイル開発の制裁対象の団体・個人に協力

(2)北朝鮮の石炭・石油貿易に関与

(3)北朝鮮労働者の海外送り出しを促進

(4)制裁対象の北朝鮮の団体がアメリカや世界の金融システムにアクセスするのを手助け

 制裁対象となった主な団体・個人は次の通りです。

【丹東至誠金属材料有限公司など3社】

 北朝鮮は年間、石炭の輸出で10億ドル以上を稼いでいます。中国の丹東至誠金属材料など3社が13~16年にかけ、直接、間接に計5億ドル分の石炭を輸入していました。至誠以外の2社は北朝鮮経済の中で鉱業を営んでいたと位置づけられました。至誠は鉄と石炭の貿易に特化し、アメリカの団体・個人、北朝鮮のコリョ・クレジット・デベロップメント・バンク、コリア・オーシャン・シッピング・エージェンシーと取引がありました。

【丹東富地貿易有限公司】

 北朝鮮の核開発を所管する原子力総局のために、制裁対象になっている北朝鮮のコリア・クムサン・トレーディング・コーポレーションからバナジウム鉱石を購入。国連制裁は北朝鮮が核・ミサイル開発の資金稼ぎのためにバナジウム鉱石を輸出するのを禁止しています。

【明正国際貿易有限公司】

 中国と香港を拠点にする北朝鮮の主要な外国為替銀行(FTB)のフロント企業と認定。

【ロシア企業Gefest-M LLC(モスクワ)と同社ロシア人責任者】

 制裁対象となっている朝鮮檀君貿易会社(平壌)のモスクワ支社のために金属を調達。

【シンガポールのトランスアトランティック・パートナーズ社とヴェルムール・マネジメント社】

 シンガポールに2社のロシア人3人は北朝鮮に石油や軽油を販売。2社はアメリカの金融システムを使って北朝鮮に関係する支払いのために数百万ドルを送ろうとしていました。

 ロシアに対して融和的な態度をとり続けてきたトランプが北朝鮮の核・ミサイル開発に絡んで、ロシア企業やロシア人ビジネスマンも制裁対象に加えたことも注目されます。

北朝鮮のミサイル開発の影にロシア

 北朝鮮が想像以上に早く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功したのは、ロシアか、ウクライナの闇市場を通じ、この2年の間に旧ソ連製RD-250系エンジンを改良した高性能液体燃料ロケットを入手したからだ――とシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のミサイル専門家マイケル・エルマン氏が指摘し、波紋を広げました。

 北朝鮮は昨年、ムスダンの発射実験を繰り返したものの、同年4月15日の実験では発射と同時に発射台付き車両(TEL)を巻き込んで爆発、炎上するなど、1回を除き、すべて発射直後に失敗に終わっていました。

 それが突然、今年になって「火星12」に続き、ICBMの「火星14」の発射実験に3回立て続けに成功。高く打ち上げる「ロフテッド軌道」ではなく、地球の自転に合わせて「火星14」を発射していれば、アメリカ東海岸のニューヨークに到達していたという分析すらあります。

 エルマン氏は、ICBMはまだ実戦配備の段階ではなく、実戦で使えるようになるのは早くても2018年と結論付けています。それまでに最終兵器の金融制裁が効くと良いのですが、北朝鮮の背後に中国に加えて、もし、ロシアも控えているとなると、トランプも、安倍晋三首相も非常に厳しい立場に追い込まれてしまいます。

【トランプ政権になって発動された対中圧力】

(1)アメリカ国務省が2017年版の人身売買報告書で北朝鮮からの強制労働者を黙認しているとして中国を最低レベルに格下げ

(2)アメリカ国務省が台湾に約14億ドル相当の武器売却を決め、議会に通知したと発表。実現すればトランプ政権になって最初の台湾への武器供与に

(3)アメリカの財務長官マヌーチンが北朝鮮の核・ミサイル計画に関連して中国の海運会社「大連寧聯船務有限公司」と中国人2人を制裁対象に加える

(4)北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)に関わったとして、中国の丹東銀行を制裁。米財務省金融犯罪取締ネットワークは丹東銀行をアメリカと世界の金融システムの中から締め出す

(5)北朝鮮の核・ミサイル開発に協力した銀行への制裁はさらに拡大する見通し。国際的に活動する銀行はこうした違法活動に取引先が関わっていないか確認する手段を設けるとみられている

(6)南シナ海での「航行の自由」作戦を強化

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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