アリババ日本上陸 スマホ決済の衝撃 日本は現金の呪縛から逃れられるか 【フィンテック最前線】

中国で普及するスマホ決済。印刷したQRコードを使う売店も(上海で筆者撮影)

いつでも、どこでもスマホで決済

[上海発]日経新聞が8月16日付朝刊の1面トップで「中国ネット通販最大手のアリババ集団(浙江省)は来春にも、日本でスマートフォン(スマホ)を使った電子決済サービスを始める」と報じました。

 すでにローソンが1月からアリババ集団の電子決済「支付宝(アリペイ)」を全国の店舗に導入するなど、日本上陸はすでに始まっていました。

 実は、スマホを使った第三者決済サービスの普及ぶりを現地調査するため、8月前半のちょうど1週間、上海を訪れていたので、非常に興味深かったです。

 現金決済が主流の日本と異なり、中国ではこの2年の間に、もともと日本のデンソーが開発したQRコードを利用したアリババ集団の「アリペイ」と騰訊控股(テンセント)の「微信支付(ウィチャットペイ)」が一気に普及し、いつでも、どこでも、何でもスマホで支払えるようになりました。

 中国では、固定通信サービスの施設が十分でなかったため、スマホが世界より早いスピードで広がりました。それと同じように、日本の現金自動預け払い機(ATM)のような便利な銀行システムが全国に行き渡っていないため、どんなに小さな地方の小売店主でもお客とスマホで電子決済できるサービスが一気に全国津々浦々に広がりました。

 もちろん現金やクレジットカードも使えますが、スターバックスのコーヒーショップから街角の売店、ガソリンスタンドまでスマホで決済できました。アメリカ帰りの中国人実業家も弁護士もスマホを取り出して、口々にこう自慢します。

 「アリペイやウィチャットのアプリを開けば、何でもできるよ。アメリカのシリコンバレーより便利だよ」「1日家にいて出前も注文できるし、買い物も病院や映画館の予約もできる」「この前、出張した時、飛行機から列車に変更するのもすぐにできた」

あおりを食ったショッピングセンター

 しかし逆に便利になりすぎて、中国では、日本のユニクロや無印良品のようなブランドを売っているお店以外は客足がかなり落ち込んでいるそうです。みんなスマホのオンラインショッピングで済ませるようになったからです。

 「アリペイ」も「ウィチャットペイ」も中国で登録されたスマホと銀行口座がないと使えないのが日本人旅行者にとっては難点です。

 「スマホがあれば銀行口座なんて簡単に開けるよ」と中国人が言うので、実際に自分もできるか試してみました。スマホは世界最大の携帯電話事業会社「中国移動」のお店で通信料364人民元(日本円で約6000円)を前払いすると自社製品をタダでくれました。

 その隣の中国建設銀行にスマホを持って行き、「銀行口座を開設して下さい」と頼んだら「居住証明がないとダメ」と門前払いされました。でも本当に少し前まで、銀行口座は簡単に開設できたそうです。

一人負けのバイドゥ、お年玉サービス作戦が奏功したテンセント

「匠新 Takumi Innovators」の田中年一さん(筆者撮影)
「匠新 Takumi Innovators」の田中年一さん(筆者撮影)

 上海で日中スタートアップ&イノベーション支援プラットフォーム「匠新 Takumi Innovators」を創業した田中年一さん(40)にうかがってみました。

 「検索エンジン大手の百度(バイドゥ、B)、アリババ集団(A)、テンセント(T)の頭文字を取ってBATと言いますが、BATを中心としたモバイル決済市場の取引額は2012年から16年にかけ193倍に膨れ上がっています」

 田中さんから頂いた資料をもとにグラフにするとこんな感じです。

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 田中さんの解説ではBATによる三つ巴の市場争いは、バイドゥの1人負け状態です。昨年5月、がんになった中国の大学生がバイドゥのインターネット広告で見つけた代替治療の後に死亡したことで、消費者の信頼を完全に失ってしまいました。このため、バイドゥは人工知能(AI)を利用した自動運転車のオープンシステム構築に社運をかけています。

 オンライン決済時代はアリババ集団の「アリペイ」の独壇場でしたが、スマホの普及でオフライン決済も加わったことで「ウィチャットペイ」が猛烈に追い上げています。

 日本のコミュニケーションアプリ、LINEと同じような機能を持つ「ウィチャット」で連絡を取り合う中国人が非常に多いため、「ウィチャット」アプリをプラットフォームにした電子決済が急拡大しました。

 「ウィチャット」が提供している「紅包」と呼ばれるオンラインお年玉配布サービスの利用件数は中国の大晦日に当たる今年1月27日、142億件にのぼりました。新年を迎える瞬間、1秒間に76万件の利用があったそうです。

 このアプリでは銀行を通さずにスマホからスマホにお金が瞬時に送金できるので、割り勘や祝儀金を渡す時に大変、便利です。

 「紅包」効果もあって「ウィチャットペイ」(モバイル決済市場取引額のシェア38.3%)がアリペイ(同51.8%)を猛烈に追い上げています。

 アリババ集団のスマホ決済日本上陸は、日本を訪れる中国人観光客が増えたにもかかわらず、「アリペイ」や「ウィチャットペイ」で支払えるお店が少なく、中国人観光客が感じている不便を解消するのが最も大きな理由です。

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 今後、中国人観光客はさらに増える見通しです。

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 「アリペイ」は6月にコペンハーゲンで開かれた世界最大のフィンテックイベント「Money20/20 Europe」でも大きな注目を集めました。今後、欧州にも「アリペイ」や「ウィチャットペイ」が進出してくる日はそう遠くないかもしれません。

アリペイ・ヨーロッパのリタ・リュウさん(筆者撮影)
アリペイ・ヨーロッパのリタ・リュウさん(筆者撮影)

QRコードVSソニーのFelica

 「アリペイ」のスマホ決済を通じてアリババ集団は入手した個人情報などのビッグデータをどう扱うのでしょう。欧州連合(EU)やアメリカのデータ保護を参考に一定の歯止めをかける必要があるのは言うまでもありませんが、「アリペイ」の日本本格上陸は日本の電子決済地図を大きく変えるインパクトを秘めています。

 筆者の印象では、JR東日本の共通乗車カード・電子マネー「Suica」より、QRコードを使った中国のスマホ決済サービスの方がお手軽で、コストもかからず、デファクトスタンダードを取りやすいように思います。

 なぜなら「Suica」や日本のアップルペイに使われているソニーの非接触型ICカード技術「FeliCa」は電子決済にはハイスペック過ぎて割高だからです。

 それに対してQRコードはスマホで誰にでも簡単に作れます。日本の技術を利用して使い勝手が良いサービスを生み出してしまう中国人の知恵には脱帽です。

 日本銀行副総裁だった西村清彦・東大大学院経済学研究科教授はロンドンで講演した際、筆者に「中国は物乞いもスマホでしているそうだよ」というジョークを教えてくれました。上海に行くと、本当にそんな感じでした。

 アメリカの「黒船」で明治維新を迎えた日本ですが、既得権を守るためにガラパゴス化が極度に進み、技術革新が滞ってしまった今、中国の「アリババ」がもたらす衝撃によって、日中の消費市場がつながり、競争が活性化され、改革が進むことを期待しています。

 東シナ海の沖縄県・尖閣諸島をめぐる動きも心配ですが、大きなビジネスチャンスをみすみす見逃す手はないように思います。

(つづく)