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イギリスの自動車業界「ディーゼル車とガソリン車の販売禁止措置は慎重に」EU離脱で生産も需要もガタ落ち

木村正人在英国際ジャーナリスト
トヨタの電気自動車RAV4 EV(写真:ロイター/アフロ)

年200万台生産目標を取り下げ

[ロンドン発]イギリス自動車製造販売者協会(SMMT)の最高経営責任者マイク・ホーズは27日、定例の記者会見を行い、2020年に達成するとしていた年200万台の生産目標を取り下げました。

イギリス国内での今年上半期の生産台数は2.9%減、そのうち国内需要は9.5%減と落ち込みました。6月だけでみると、生産台数は前年同月に比べ、13.7%も減っています。

保守党の離脱強硬派はこれまで、EU離脱による経済への影響はないと強弁してきましたが、IT(情報技術)分野でも投資の手控えが目立っており、経済の落ち込みは物価上昇、成長率の減速とともに次第にボディーブローのように効いてきています。

マイクは「日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)合意発表は日本とイギリスの自動車業界にとって歓迎すべきニュースです。EUを離脱するイギリスはEUと日本のそれぞれと貿易協定を結ぶ必要があり、離脱交渉中に適切な貿易合意を得る重要性が改めて浮き彫りになっています」と話しました。

SMMTの最高経営責任者マイク・ホーズ(筆者撮影)
SMMTの最高経営責任者マイク・ホーズ(筆者撮影)

イギリス政府がフランスに続いて打ち出した「40年、ディーゼル車、ガソリン車の販売禁止」方針を中心にマイクに質問してみました。

――イギリス政府の「販売禁止」発表をどう受け止めましたか

「2040年以降、通常(conventional)のディーゼル車とガソリン車の販売を禁止するとした昨日の発表は少し驚きでした。キーワードは『通常』ですが、それが何を指しているのか、まだはっきりせず、不確実性が残っています」

「販売禁止が最善の方策とは思いません。移行する期間中もイギリス自動車産業の優位性は維持する必要があります。販売禁止にはリスクが伴います、特に小さなメーカーには深刻な影響が出るでしょう」

「イギリスが電気自動車や代替車に移行したとしても、世界がそれと同じペースで移行するかどうかは分かりません。イギリスは国内向けだけでなく、世界に向けて自動車を生産しています。イギリスは環境車開発に深くかかわっており、その方向に進んでいるのは間違いありません」

「最善の方策は正しいフレームワークを設定し、消費者が新しい車(環境車)を購入するよう促していくことです」

「それはコスト、機能、パフォーマンス面で消費者を満足させるものでなければなりません。と同時に水素自動車の燃料スタンド、電気自動車の充電施設が利用できるようになっていることが確実になっていないといけません」

「自動車業界だけでなく、燃料・スタンド業界、政府、地方自治体、エンジンメーカーもかかわっているため、販売禁止という政策は柔軟性を欠いています。しかし自動車メーカー・業界は環境車の方へ舵を切っているし、また、そうでなければなりません」

「環境車への移行を進めるためには、政府と協力しながら別のデッドラインを設けるのが適切だと思います」

――環境車は電気自動車、水素自動車、ハイブリッド車のどちらの方向に進むと見ていますか

「どれになっても不思議ではありませんし、まだ、どうなるかは分かりません。バイオマスのブレークスルーが起きるかもしれません。その中で最も費用対効果があるもの、ゼロエミッションのバイオ燃料になるのか、まだ想像がつきません」

「今後約25年のうちに、どのテクノロジーにするかを決め打ちするのも危険です。ディーゼル車やガソリン車など内燃機関は130年が経過していますが、今も使われいまだに進化しています」

「これからどんな変化が起きるのかを見なければなりませんが、自動車業界と協力して変わっていく必要があります。代替技術への移行を後押しすることはイギリスの自動車産業を破壊する危険性もあるからです」

――オランダの銀行INGが最近発表した調査報告書によると、35年には欧州で販売される新車はすべて電気自動車やハイブリッド車になるそうです

「昨年、イギリスでは1万台の電気自動車が販売されました。イギリスの自動車市場は年間270万台です。電気自動車のシェア拡大にはまだ長い道のりがあります。これからどうなるかを正確に予測できる人はまだいないでしょう。しかし進む方向が違うわけではありません」

「すごく大きなチャレンジが待ち受けています。急激な移行を進めて、自動車市場を痛めることは望ましくありません。アメリカの電気自動車メーカー、テスラを除いて、自動車メーカーは環境車への移行を進める一方で、ディーゼル車やガソリン車も製造しています」

「新しい技術を開発するには投資資金を稼がなければならず、そのためには現在のディーゼル車やガソリン車の売り上げを維持する必要があります」

――バッテリー価格が今後、大幅に下がっていくという予測がありますが

「電気自動車がディーゼル車やガソリン車に対して価格競争力を持つためには、バッテリー価格を下げ、パフォーマンスを上げていく必要があります」

――電気自動車市場にとってバッテリーはどれほど重要なのでしょう

「バッテリーは電気自動車の中で最も重要なパートです。電気自動車には、バッテリーとモーター、コントロール技術が求められていますが、その中でもバッテリーは重要な位置付けです」

――中国が近くリチウムイオン電池のシェアの6割以上を占めるという予測もあります。中国が電気自動車市場に大きな影響力を持つようになるのでしょうか

「リチウムイオン電池のほかにもバッテリー技術の開発は進んでいます。過去10~20年をさかのぼるとハイブリッド車やニッケル水素電池の開発が行われていました。今後20年、新しい技術が出てくる可能性があります」

――EU離脱交渉期限である19年3月末までに、新たな貿易協定が締結されるまでは現在と同じ条件でビジネスができるという移行期間措置を設けることは可能でしょうか

「理論的には可能です。新しい貿易協定の交渉はきわめて複雑で、どれだけの期間がかかるかは分かりません。交渉期限はどんどん迫ってきています。何の合意もなしにEUを離脱することは選択肢の中にはありません」

【電気自動車をめぐる欧州での最近の動き】

7月5日、スウェーデンの自動車メーカー、ボルボが2019年以降、すべての新モデルは電気自動車になると発表。内燃機関の自動車生産を止めることをちらつかせたのは、伝統的な自動車メーカーの中でボルボが初めて

7月6日、フランスのマクロン政権が40年までにガソリン車やディーゼル車の販売を禁止すると発表。50年までに、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量の「カーボン・ニュートラル」を達成すると宣言

7月25日、ドイツの自動車メーカー、BMW傘下にあるMiniが19年からオックスフォードの工場でMiniの電気自動車を生産すると発表

7月26日、イギリス環境相マイケル・ゴーブが大気汚染対策として電気自動車やハイブリッド車への切り替えを進めるため、2040年以降、ディーゼル車とガソリン車の販売を禁止すると発表

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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