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欧州に嵐を呼ぶ女テリーザ・メイ 解散・6月総選挙を宣言

木村正人在英国際ジャーナリスト
EU離脱交渉を受け、解散・総選挙を宣言した首相メイ(筆者撮影)

イギリスの首相テリーザ・メイは18日、ロンドンの首相官邸前で緊急記者会見し、欧州連合(EU)との離脱交渉が始まったのを受けて、議会での基盤を固めるため、議会を解散して6月8日に総選挙を行うと発表しました。これまでメイは「総選挙は任期をまっとうする2020年まで行わない」と公言してきました。メイはどうしてこのタイミングで急に方針転換したのでしょうか。

筆者が首相官邸前で撮影した動画をまずご覧ください。

フランス大統領選の1回目投票が今月23日に迫る中、メイの解散・総選挙の発表は、右翼ナショナリスト政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペンや急進左派の左翼党ジャン=リュック・メランションら欧州統合懐疑派を勢いづける恐れがあります。

昨年6月のEU国民投票で有権者が離脱を選択したあと、残留派を率いた前首相デービッド・キャメロンが辞任。保守党党首選で最後に残ったメイはマーガレット・サッチャー以来、26年ぶり2人目の女性首相に就任しました。EU移民を全く制限できないのなら離脱もやむなしという有権者の声を受けて、メイは人・モノ・資本・サービスという4つの自由移動を認めた単一市場だけでなく、関税同盟からの離脱も決断します。

いわゆるハード・ブレグジットに対する警戒心は最大野党・労働党やEU統合推進派の自由民主党内に強く、メイとしては議会内での支持基盤を強化する狙いがありました。保守党の単独政権とは言うものの、党内から9人の造反が出ると重要法案も通らない薄氷の政権運営が続いていました。

さらにスコットランド独立を党是に掲げる地域政党「スコットランド民族党(SNP)」が2回目の独立住民投票実施に向けて動き始めたことも、これから2年間の交渉に臨む上で大きな不安材料になっていました。

労働党党首ジェレミー・コービンが迷走しているおかげで、メイ率いる保守党は世論調査で労働党を最大で19ポイントもリードしています。保守党政権への反発が強いスコットランド地方や北アイルランド地方で議席が増やせなくても、EU離脱派が多数を占めるイングランド地方で保守党は圧勝する可能性が極めて高いと言えます。今、解散・総選挙に打って出ると、メイは大幅に議席を増やし、政権基盤を強化できるのです。

前首相キャメロンが2010年、自由民主党の副首相ニック・クレッグと連立を組む際、政権を安定させるため首相の解散権を放棄しました。いったん総選挙が行われ、政権が樹立されたら任期の5年間は総選挙を行わないと固定したわけです。

筆者撮影
筆者撮影

メイはこの縛りを撤回するため、19日、解散・総選挙を求める動議を出して議会の承認を得る考えです。

離脱交渉でEUは600億ユーロもの離脱清算金を突き付け、払わなければ交渉に入らないと脅すなど、イギリスに対して非常に厳しい態度を示しています。

今年、オランダ総選挙、フランス大統領選、ドイツ総選挙が行われる上、ひょっとするとイタリア総選挙が行われるかもしれません。

イギリスとしては離脱交渉を有利に進めるため、フランス大統領選に揺さぶりをかける打算が働いたことは完全には否定できないでしょう。

フランス大統領選の候補者11人のうち、EU統合推進派は中道政治運動「前進!」を率いる前経済産業デジタル相エマニュエル・マクロンのみです。マクロンがフランス大統領に就任、ドイツの首相アンゲラ・メルケルが4選を果たしてフランスとドイツがEU統合に向け結束を固めると、メイにとって離脱交渉は非常に厳しいものになってしまいます。

フランス大統領選で急浮上してきた急進左派メランションは、EUとの再交渉を主張し、緊縮財政や厳格な財政規律の政策などを改革できなければEUから離脱すると強調しています。

背に腹は変えられないメイがこのタイミングで解散・総選挙に打って出た背景には、2年間の離脱交渉に向けて政権基盤を固めることのほか、フランス大統領選への影響も十分に考えてのことでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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