「偽ニュース」を壊滅せよ! Facebookや露メディアに徹底抗戦
オランダとフランスで首位の極右
アメリカのトランプ大統領が自分の気に食わないニュースを報じるニューヨーク・タイムズ紙などを「偽ニュース」呼ばわりする中、大統領選が迫るフランスでは「偽ニュース」をまき散らすロシア官製メディアを批判したり、秋に総選挙を控えるドイツでは拡散ツールになっているソーシャルメディアを訴えたりするケースが目立っています。
3月9、10日の欧州連合(EU)首脳会議でイギリスのメイ首相が離脱交渉の開始を正式に通告したあと、15日にはオランダ総選挙、4~5月にフランス大統領選、9月にドイツ総選挙が行われます。憲法改正案が国民投票で否決され、レンツィ前首相が引責辞任したイタリアでも総選挙が行われる可能性があります。
オランダとフランスではそれぞれ反イスラム、反移民・難民、反EUの極右政党の自由党と国民戦線が事前の世論調査で首位を走っています。
ドイツでも2015年の難民危機で「門戸開放」政策を掲げたメルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)が失速し、社会民主党(SPD)にリードを許すようになりました。反移民・難民、反ユーロの新興政党「ドイツのための選択肢」も10%以上の支持率を保っています。
いずれも欧州懐疑派の極右政党や新興政党が政権を奪取するところまでは行っていません。がしかし、こうした極右ポピュリズムに主要政党が影響され、内向き、後ろ向きな保護主義、孤立主義、移民・難民規制がとられると、欧州統合プロジェクトは挫折する危険性が膨らんできます。
大混戦のフランス大統領選
フランス大統領選では本命だった親ロシア派のフランソワ・フィヨン共和党候補が英国人妻の架空歳費スキャンダルで失速し、ロシアのプーチン大統領を崇拝するマリーヌ・ルペン国民戦線党首が首位に躍り出ました。しかし2位につける中道政治運動「前進(En Marche!)」のエマニュエル・マクロン氏と決選投票になると、マクロンが圧倒的に優勢です。
フィヨンでもルペンでも、ウクライナ危機に対する制裁を解除してもらいたいプーチンにとっては好都合なのですが、構造改革派のマクロンが大統領になると話は別です。ドイツのメルケル首相はマクロンに期待しており、メルケルとマクロンが力を合わせてEUの結束を強めていくとみられているからです。
ドイツとフランスを分断し、EUを解体に追い込みたいプーチンとしては、このままマクロンを放置するわけには行きません。本命の民主党候補ヒラリー・クリントン元国務長官をつまずかせたアメリカ大統領選と同様、官製メディアや偽ニュース部隊を駆使してサイバー攻撃とプロパガンダを組み合わせ、ハイブリッド戦争を仕掛けています。
これに対し「前進(En Marche!)」事務局長はフランス2などの仏メディアに「ロシア官製メディアのRT(旧ロシア・トゥデイ)や通信社スプートニクは反マクロンの世論を作り出すため嘘のニュースを垂れ流している」と批判しました。
マクロンは偽ニュースのターゲットにされ、「前進」のコンピューターサーバーも数千ものサイバー攻撃を受けているというのです。
露通信社スプートニクは、マクロンの対立陣営である仏共和党議員の「マクロンは投資銀行出身でアメリカの巨大金融システムの手先だ」と非難するコメントを伝えました。ロシアの日刊紙イズベスチヤは、告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ氏が「ウィキリークスはマクロンに関する面白い情報を入手した」と語るのを報じました。
高校時代の国語教師と結婚したマクロンは降って沸いたような同性愛の不倫疑惑に見舞われ「根も葉もない話」と放置しておけず公式に否定するハメになりました。
フランスのジャンイヴ・ルドリアン国防相は海外からのサイバー攻撃に対抗するため体制を強化する方針を打ち出しました。
メルケルも盤石ではない
EUの要となるメルケル独首相の「門戸開放」政策で15年に110万人の難民がドイツに押し寄せたとセンセーショナルに報じられましたが、実際には89万人でした。それでもメルケルは「難民を受け入れるにしても自ずと限界がある」という厳しい非難にさらされ、CDU内部からも「門戸開放」政策を撤回するよう突き上げられています。
この2年間、ドイツでは難民をめぐる偽ニュースが氾濫するようになりました。
15年のニューイヤーズイブ(大晦日の夜)、独西部ケルンで560人以上の女性が大勢の男に取り囲まれ、股間や胸をまさぐられる集団性的暴行事件が起きました。摘発や報道が遅れたことから「リベラル政治家や当局は難民の犯罪に目をつぶっている」という批判が高まりました。
しかし、難民に厳しい世論につけ入るように、親EU、門戸開放派の政治家が偽ニュースやプロパガンダの標的にされています。シリア難民のアナス・モダマニさん(19)が15年、ベルリンの難民キャンプの外でメルケルとセルフィ(自撮り)しているツーショットの写真は、難民を受け入れる寛容さのシンボルになるはずでした。
しかし、この写真はとんでもないかたちで拡散します。
「メルケルとセルフィしたシリア難民はブリュッセル連続テロの犯人だった」という偽ニュースに添付され、フェイスブックを通じて一気に広がってしまったのです。ベルリンのクリスマスマーケットに大型トラックで突っ込んだ犯人というバージョンや路上生活者を焼き殺した犯人というのもありました。
フェイスブックの社会的責任は
いったい誰が偽ニュースを最初に投稿したのか、誰が再投稿したのかも分かりません。でもフェイスブックには偽ニュースをチェックして削除する法的義務があるとして、モダマニさんは弁護士と相談して同社を訴えました。
昨年12月、緑の党のベテラン女性議員が言ってもしない「トラウマを負った若い難民は確かに殺人を犯したが、私たちは彼を助けなければならない」というデッチ上げコメントを添えられた偽ニュースがフェイスブックに投稿されます。
スイスの反イスラム団体「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者 (PEGIDA)」のメンバーが投稿し、ドイツの右翼団体「ドイツを愛する者たちのレジスタンス」が再投稿していました。この女性議員は右翼団体を訴えるとともに、「フェイスブックは極右のツールとして使われていることに目をつぶっている」とキャンペーンを展開しています。
15年3月、EUはロシアの偽ニュース・キャンペーンに対抗するためイースト・スタートコム・チームを発足させます。が、ロシアの官製メディア、ソーシャルメディア、偽ニュース部隊をフル回転させるハイブリッド戦争は強烈です。フェイスブックやツイッター、グーグルは「非対称の戦い」を仕掛ける側にとって極めて効果的なツールなのです。
グーグルを傘下に収めるアルファベットやフェイスブックの時価総額はそれぞれ5572億ドル(世界2位)と3756億ドル(同6位)。テクノロジー企業の利益のために、自由と民主主義が犠牲にされてはかないません。ドイツではフェイスブックを筆頭にソーシャルメディアへの風当たりが強まっています。
社会民主党の議員はもしソーシャルメディアが24時間以内に偽ニュースやヘイトスピーチ(嫌悪演説)を削除しない場合は50万ユーロの罰金を支払うべきだと要求しています。フェイスブックは間違いを指摘する機能を備えるべきだという声もあります。EUの欧州委員会もこの問題に十分に対応しなければテクノロジー企業に対する罰則を検討する考えを示しています。
偽ニュースがこれだけ大きな問題を抱えるようになった今、フェイスブックやツイッターなどのテクノロジー企業は何もしないわけにはいかないでしょう。
(おわり)