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トランプ米大統領が放つ2本の矢 世界は分断する 和製ソロスが2017年大胆予言(上)

木村正人在英国際ジャーナリスト
米大統領に就任したドナルド・トランプ(写真:ロイター/アフロ)

「強いアメリカ」の復活を掲げるドナルド・トランプ氏が世界最強の権力者、米大統領に就任しました。英国のメイ首相は欧州連合(EU)の単一市場と関税同盟からの離脱を宣言。国際金融大手HSBCとUBSはロンドンで各1千人の人員削減に言及しました。東西の壁崩壊後、加速したグルーバル化は大きな転回点を迎え、世界経済は分断の時代に突入するのでしょうか。債券では世界最大級のヘッジファンド「キャプラ・インベストメント・マネジメント」共同創業者、浅井将雄さんは国際金融都市ロンドンで世界経済危機、欧州債務危機を生き抜き、昨年6月の国民投票では英国のEU離脱決定を見事に的中させました。「和製ソロス」が読み解いたトランプノミクス、中国経済、ブレグジット(英国のEU離脱)の未来とは――。

――トランプノミクスで米経済はどうなる

「2017年だけをみると国内総生産(GDP)に影響するトランプの政策には比較的限界があります。一番大きいのは個人及び法人税の減税。法人税を15%に下げずに共和党案の20%で妥協するかもしれませんが、米国に企業が回帰する米国第一主義の大きなファクターになると思います」

「1990年代後半以降、米企業はグローバル化し、世界各地にビジネスの繁栄を求めてグローバル化の勝者として君臨してきました。一方、グローバル化が進むにつれ、より税率の低い租税地域を探してゆくというのが米グローバル企業の動向でありましたが、政治の力により米国回帰をもたらすかもしれないという点では非常に画期的であるし、即効性もあると思います」

「12年12月、安倍晋三首相が返り咲いた時に3本の矢、アベノミクスを出してチャレンジを示しました。大胆な金融緩和と機動的な財政政策。残念ながら3本目の矢の規制緩和(民間投資を喚起する成長戦略)が景気を押し上げた形跡はこれまであまり見られません」

「トランプはインフラ投資と税制改革、この2本の矢でトランプノミクスを上昇気流に乗せようとしています。米国でも少子高齢化が始まっているので潜在成長率を押し上げることにはならないと思いますが、米国に活力をもたらす、変化をもたらす過程として民間資金をアメリカに投資させるということは大きなチャレンジです」

――トランプノミクスは正しい?

「正しいか正しくないかは歴史が証明すると思います。オバマ大統領が『米国はもはや世界の警察官ではない』と言ったことは非常に大きなインパクトを持ちました。それが国際法を超える中国やロシアの海洋進出や領土拡張を招く結果になりました。世界の警察官の地位を捨てながら、米国を再び盛り返そうとしているのがトランプです」

「08年に世界金融危機が起きたとき、私は木村さん(当時は産経新聞ロンドン支局長)にグローバル化、世界が一つになるという風潮が強い中であえてグローバル化ではなく世界はバラバラになっていくという見方を示しました。米国、ロシア、中国、欧州を核とする地域分断が始まるのではないかと言いました。徐々にその兆候が見えてきて、米国と中国の軋轢(あつれき)、欧州内でも方向性に関する軋轢が大きくなり、ロシアがクリミア併合を強行しました」

「経済全体の量としてのグローバル化は進みますが、富を得た新興国の発言権が増すことによって、コンバージョン(一つになるの)ではなくダイバージョン(分断化)してくる可能性が非常に高いと予測しました。オバマが世界の警察官を止めたこと、トランプの米国第一主義によってグローバル化の弊害によるダイバージョンが起こりやすくなってきます」

――トランプノミクスで資本と労働のねじれは解消される?

「所得分配のあり方や富の集中に関して、中世では一部の支配階級しか富を得られなかった時代がありました。第二次大戦後、平和をベースにして経済活動が大きくなる中、企業として資本の蓄積が大きく期待されるようになりました。一部の新資本家層に巨額の富が集中し、富でみるとトップ8人が世界人口の下半分の36億人分に匹敵すると指摘されるように歴史的に見ても所得分配のひずみが起きています」

「所得分配のひずみがすぐに壊れるとは思いません。グローバル化の中でリーマンショックが起きた時に大きな資本家から富が流れ出すような形跡があり、そういうものがあれば富は分散すると思います。グローバル化の中で、世界経済が毎年3%近い成長をしてゆく中で、どうしても企業に資本が集中しやすくなります。富の分配が起こる可能性は近い将来ないでしょう」

――米グローバル企業は強いドル政策で弱くなる?

「1990年代後半から米グローバル企業の力が世界経済を大きく引っ張っているのは間違いありません。グーグルやアップル、マイクロソフトなど政府を超えるような新しいコングロマリットが出てきました。彼らが持っている商圏、ビジネス展開力はトランプの一言で削がれるものではありません」

「それぐらい大きくなっています。時価総額も5千億~6千億ドル(57兆~69兆円)に及んでおり、一国の財政よりずっと大きな力があります。米国経済の持っている底力は簡単に削がれるものではありません。米国が強いドル政策をとったとしても、米グローバル企業の形態が急に弱くなるとは思いません」

――テクノロジーは国民国家を凌駕するか

「国家を構成しているのは国民です。サイバーの世界に入っていったときに要するにAI(人工知能)と人間が共存できるのかどうか。支配層が人間であるのか、AIであるのか。支配者が人間である間は国家が人を支配し続けることができます。人間より優れたAIが大量生産されるような時代がくれば、ロジックが大きく変わります」

「今は単純労働をロボットがすると考えられていますが、もしかすると高度な仕事は高度な機械がして、人間はその一歩下の仕事をするような時代が現実になるかもしれません。2045年にシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れれば、AIが人間を超えていきます。もしかするともっと早いかもしれない」

「そうなると人間が国家を支配できるのか。サイバー映画みたいにロボコップが出てきて、誰がこの国、この土地を管理するのか。人間より支配に適したものが実際に現れそうになっているのは事実ですよね。テクノロジー企業が支配するということになると、AIが支配するということになると思います。人類としては大きなディスアドバンテージになるかもしれません」

――今年、仮想通貨と自動運転がカギを握る

「今年、ビットコインのような仮想通貨と自動運転に注目しています。一国の政府や中央銀行に縛られない仮想通貨が誕生して使われるようになると大きな変革をもたらします。徴税権や金融政策、財政政策に国家の影響が及びにくくなる可能性があります。新たな富をコントロールするものは誰になるのか注目しています」

「単一の作業で能力を表す、日本人が今まで識字率というかたちで世界的に教育などの優位性があると言われてきましたが、そういうものがあまり重要ではなくなってきました。読み書き算盤という人間のベーシックな能力を表すものは圧倒的に機械が優れています。想像力とかアイデアが鍵となりますが、AIが人の能力を大きく凌駕し始めているのは間違いありません」

「読み書き算盤ではない部分、想像力やアイデアでどこまでAIが人間を凌駕してくるのか。計算させたり分析させたりすることについてもはやAIは人間を超えています。おもしろいのは自動運転です。勿論、その技術が新しい安全性を生み出し、移動時間に人に新たな余暇や休息時間、労働時間をもたらす画期的なものであると思います。しかしその技術の進歩の先は体力や判断力、知性などいろいろな面で人類を陵駕する能力が現実味を帯びてきたということでしょう。極端に言ったら、そのうち私の愛するサッカーだって野球だって機械の方が上手くなるかもしれません」

「ピッチャーだったらバッティングセンターで時速200キロの豪速球を投げる機械をつくれと言ったらたぶん簡単に作れると思います。人間はそれに勝てません。大谷翔平投手は時速160キロを投げる。それを見てファンは喜んでお金を払うので、今は機械がやるより人がやる方がビジネスになります。しかし特定の能力だけならAIやロボットは人間を超えたものがもう十分にあり、加速度的に進化を始めている」

――トランプの米国第一主義によって中国経済圏は拡大する

「一番端的な例がアジアインフラ投資銀行(AIIB)です。中国主導でAIIBを作って、今では日米が主導するアジア開発銀行(ADB)加盟国数よりAIIBの加盟国数の方が多くなりました。AIIBも大型の案件を手がけるようになり、存在感を出しています。日本と米国は残念ながらAIIBのメンバーではありません。米国と日本がノーと言ってもAIIBが組織的にもどんどん大きくなって加盟国が増え、インフラ金融についてはアジアでは最大の発言力を持っているのは間違いありません」

「米国が手を引くところには必ず他の地域、それが中国なのか、欧州なのか、ロシアなのかは分かりませんが、どこかが入ってきます。今、中国はGDPで世界経済のナンバー2、2020年代半ばにはナンバー1になります。米国が手を引いたところに中国が入り込んでくるのは必然です。領土を拡張するよりも簡単に入っていけます。米国は引こうとして引くわけではありませんが、米国のドル資本が引いたあと、取って代わる経済力を中国はすでにつけています」

――中国の資本規制

「中国には世界最大の人口があり、消費マーケットとしての潜在性は間違いなく世界一です。21世紀前半、中国は人口において世界最大の消費国であることは誰にも否定できません。そういう中で都市部に大量の人口が流れ込んで住宅地を中心に過剰な不動産投資が行われています。それに伴う銀行貸出や信託の金融商品が急増しています。リーマンショック後も続々と不動産価格が上昇しており、上海では6倍ぐらいに上がっています」

「今は1人当たり5万ドル、年が変わるたびに持ち出せます。それが1月、2月に大量に出るだろうという思惑で人民元が弱くなるのではないかと投資家はみていました。それに規制をかけるべく、当局は海外に持ち出すお金に流出規制を行っています」

「中国企業の海外活動にも影響を及ぼしていて、ロンドンでもいくつかの買収案件で代金が払われていません。これが本当かどうかは分かりませんが、サッカーの本田圭佑選手のいるACミラノ。7億4千万ユーロ(900億円)ぐらいで中国の企業に買収されましたが、もう支払いが行われていないといけないのに、未だに手付金しか支払われていません」

「おそらく外為規制で止められている可能性がある、もしくは海外に拠出する資金の融資を規制している可能性があると言われています。これでもう9カ月のびのびになって、ミラノはこの冬、選手を増強ができない状況です。新しいお金が企業の中でも出てこなくなるぐらい、規制を強化して人民元の先安観を消そうと躍起になっています」

「一度認めると資金の大量流出が発生し、人民元がどんどん安くなるという先安観が出てくると、国民が人民元を大量に外に持ち出そうとする。それを13億人がやったらすごいインパクトがあります。人民元の先安観を止めようと中国当局は必死になっています」

――トランプの人民元安批判は本当か

「中国が世界最大の消費地であれば、人民元は高くなるポテンシャルがあるカレンシーだと思います。米国の成長が今や2%台程度、中国は今年6.5%と予想されています。世界的にも中国が成長センターであるのは間違いありません。陰りはありますが、放っておけば人民元は強くなっていきます」

「過剰な民間融資、民間投資が大きくなるにつれ、経済活動以上に企業貸出や信託が出ているので、いったん資金が国外に流出しだすと、今の大きなバランスシートがキープできなくなる可能性があります。それを中国人民銀行(中央銀行)ひいては中国共産党、習近平周辺は怖れているのだと思います」

――習近平のダボス演説は主役交代のシンボルか

「習近平国家主席のダボス演説はたいしたことではありません。これまでもダボスではいろんな政治家が話してきました。中国の国家主席が話したのは初めてというだけです。中国が輝かしき時代、中国のGDPが世界最大だった時代を取り戻したいということを国是にしているのは間違いありません」

「今回は南シナ海の海洋進出などに言及したくなかったので、あえて中国経済のポテンシャルしか言わずに帰ったという風に感じています。今、中国が神経を尖らせているのは、やはり<一つの中国>です」

「南シナ海よりもずっと大きな問題は、中国と台湾は<一つの中国>であるとして、今まで国際社会に強く認識させることを国是にしてきたために、台湾は中国ではない、一つの中国にとらわれないというトランプ発言に中国は怒り心頭です。神経を逆なでしていると思いますし、南シナ海などの領土問題を含め、表舞台では会見等であまり触れたくなく、中国が経済の面で成長を続けていることをグローバルにアピールしたかったのでしょう」

(つづく)

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浅井将雄(あさい・まさお)

旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働く。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、ヘッジファンド預り資産でもロンドントップ5。旗艦ファンドのキャプラグローバルリラティヴバリューファンドでは運用開始以来、リーマンショック期も含め、全年度にてプラスを計上、平均年度収益も10%を超える。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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