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国民投票がグローバル経済を瓦解させる EU絶体絶命 イタリア首相が辞任へ

木村正人在英国際ジャーナリスト
イタリア憲法改正国民投票 レンツィ首相が辞意表明(写真:ロイター/アフロ)

4日、欧州に再び激震が走りました。やり直しオーストリア大統領選で極右政党の勝利を再び阻止できたと安堵した次の瞬間、憲法改正を問うイタリアの国民投票が否決され、レンツィ伊首相が辞任しました。

有権者の意思が直接反映される大統領選や国民投票は反エスタブリッシュメント(支配層)、反グローバリズム、反欧州連合(EU)、反移民を唱える勢力の強力な武器になっている実態を改めて浮き彫りにしています。

イタリアの公共放送RAIの出口調査によると、憲法改正に賛成は42~46%で、反対の54~58%を大幅に下回りました。議会の意思決定を迅速にする憲法改正の是非を国民投票にかけたレンツィ首相は4日夜、敗北が確定的になったことを受け、「政権を担う私の経験はここに終了した」と即座に辞任を表明しました。

来年4~5月にフランス大統領選を控える仏極右政党、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は「イタリア国民はEUとレンツィにノーを突きつけた。私たちは国家の自由を渇望する国民の声に耳を傾けなければならない」とツィートしました。

英国のEU離脱決定、米大統領選の共和党候補トランプ氏勝利に続いて、フランス大統領選でルペン党首が勝利することにでもなれば、EUだけでなく、自由民主主義の流れが逆回転を始めてしまいます。

EU国民投票を決断して敗れたキャメロン英首相もレンツィ首相も国民の意思を完全に読み誤りました。というより国民投票の怖さを全く理解していませんでした。国民投票で勝利するためには投票権者の過半数の支持が必要です。しかしキャメロン首相の場合、昨年の総選挙で36.9%の得票率しかなかったのです。ましてやレンツィ首相は総選挙の洗礼を受けていません。

ヒトラーやナポレオンなど独裁者が好んで使った国民投票は政治指導者にとっては大きなギャンブルです。レンツィ首相はどうして憲法改正のための国民投票を実施したのかを説明しておきましょう。

第二次大戦で連合国に敗れたイタリアは日本と同じように憲法1条に「国民主権」を掲げています。日本の参院には強い拒否権が与えられているため、衆参で多数派が逆転する「ねじれ」が生じることがあります。イタリアの上院は下院と対等の権限を持っているため法案が両院の間を往復し、成立させるのが難しいという構造的な問題を抱えています。

戦後、イタリアでは43の政権が誕生し、日本では36の政権が生まれました(筆者注:再登板は別に数えた)。「猫の目」政権はイタリアと日本の政治風土・文化というより、憲法の構造的な欠陥なのです。

イタリアでは低成長を打破するため構造改革を進めようにも、下院の優越が定められておらず、何も決められない状況が続いてきました。

日本と大きく異なるのは、イタリアが1946年の国民投票で王政を廃止し、大統領制に移行したことです。日本の安倍晋三首相が占領下に制定された憲法を改正しようとしているように、レンツィ首相も下院の優越を明確にする憲法改正を目指して国民投票の実施を決めました。

日本とイタリアの憲法には、最高権力者の手足を縛るため上下両院が対立する仕組みが連合国によって意図的に埋め込まれているのです。

憲法改正の狙いは理解できるとしても、レンツィ首相の評判は悪すぎました。EU主導の構造改革を断行し、グローバリズムを推進するため、首相1人に権限を集中しようとしているという印象を国民に与えてしまいました。

「139の条文のうち50もの条文を変えようとする」(新興政党・五つ星運動)憲法改正案も乱暴すぎます。これでは新憲法制定と同じと批判されても仕方ありません。

五つ星運動の政党支持率はレンツィ首相の民主党を上回ることもあるため、レンツィ首相が辞任しても、議会が解散され総選挙が前倒しされることはないでしょう。

しかし政権交代したとしても構造改革が進められない状況は変わらず、五つ星運動の支持率がますます上昇していく可能性があります。単一通貨ユーロの是非を問う国民投票を唱えている五つ星運動は政権奪取を虎視眈々と睨んでいます。

EUは絶体絶命です。憲法改正を目指している安倍首相も国民投票の怖さを胸に刻むべきでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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