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残業月100時間超が日本を滅ぼす! 賃上げで無駄な残業を撤廃せよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
女性新入社員が過労自殺した電通(写真:ロイター/アフロ)

月130時間の残業

東大を卒業後、昨春、電通に入社した女性社員(当時24歳)が最長月130時間の残業の末、自殺したのは「長時間の過重労働が原因」として労災が認められたニュースが流れたのと同じ時間帯に、武蔵野大学の教授が「残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」などとインターネットで投稿した問題で、大学側が10日、謝罪しました。

TV討論で民主党候補のヒラリー・クリントンを「俺が大統領になったら(私用メール問題で)刑務所にぶち込んでやる」と公言した共和党候補のドナルド・トランプといい、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ! 今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」とブログに書いたフリーアナウンサーといい、世界中で言って良いことと悪いことの境界が崩れています。

ソーシャルメディアが普及して、いつでも、どこでも、誰にでも、簡単に自分の意見を表明できる便利な世の中になりました。新聞、TV・ラジオという主要メディアのフィルターを通して世論が形成されていた時代と違って、無法の言論空間では一体、何がコモンセンス(常識)なのか分からなくなりました。

人を傷つける恐れがある場合、意見の表明には十分な注意と配慮が必要なのは言うまでもありません。

ましてや最愛の娘さんを亡くされたご遺族の気持ちを考えると、教授の発言は許されるものではありません。大学側は学長名で「このたびの発言は、当該教員の個人的な見解であり、本学の教育方針とは相いれず、また、人権・倫理の尊重を旨とした本学の『ソーシャルメディア利用ガイドライン』からも逸脱した見解と判断いたします」と記しています。

過労死白書

しかし、初の「過労死等防止対策白書」の政府発表を受けてコメントした教授は、実際に白書を読んだのでしょうか。過労死や過労自殺は毎年計200件前後にのぼっています。最長の時間外労働が「過労死ライン」と呼ばれる月80時間を超えていた企業は全体の10.8%、100時間を超えていた企業も実に11.9%に達しています。

「過労死白書」によると、過重労働で脳・心臓疾患を発症した労災請求件数はこの10年余、700件台後半から900件台前半の間を推移しています。下の統計をみると、月の残業時間が80時間を超えると、脳・心臓疾患を発症するケースが一気に増えていることが分かります。

出所:過労死白書より
出所:過労死白書より

精神障害を発病した労災請求件数(下の棒グラフ)は年々、増えています。

同

労災の支給が決定された事例で見ると、精神障害の発病は「残業時間20時間未満」が一番多く、残業の長さと発病の間に相関関係があるとは言えませんが、「100時間」を超えるとやはり発病率は高くなります。

同

労働基準法では週40時間の労働時間と休日日数を定めていますが、いわゆる「36 協定」を結べば時間外労働と休日労働が認められます。それでも一カ月に45時間の限度時間を超えてはいけないはずなのに、日本では全く守られていないのが現状です。

役員、管理職か、労働組合員かで話は違ってきます。問題の教授は「自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない」とも記していますが、労働三法を勉強したことがあるのでしょうか。

「365日の男」はもう古い

筆者も30年以上前に新聞社に入社した頃は、早朝から未明まで365日働き続けるのだと上司や先輩から徹底的に叩き込まれました。滅私奉公が日本の美徳とされますが、働き過ぎはよくありません。日本は長時間労働で有名です。下は経済協力開発機構(OECD)のデータをもとに作成した棒グラフですが、日本の場合、この上にサービス残業が加算されます。

出所:OECD2014年データをもとに筆者作成
出所:OECD2014年データをもとに筆者作成

非正規雇用などで時給が安くなると、生活費を稼ぐため、どうしても労働時間が長くなってしまいます。労働生産性がそれほど高くない日本の働き方はどうもドイツよりギリシャに近づいているようです。さらに、日本にはさまざまなかたちの残業があるようです。

出所:データブック国際労働比較2015をもとに筆者作成
出所:データブック国際労働比較2015をもとに筆者作成

(1)生活残業

生活費やローン返済のため残業する

(2)付き合い残業

上司や同僚が残業しているから帰宅できない

(3)ダラダラ残業

ダラダラ仕事をしているから時間内に仕事が終わらない

(4)抱え込み残業

自分の仕事が奪われるという強迫観念から残業する

(5)がむしゃら残業

早く一人前になりたいから残業する

少子高齢化で成長が見込めない日本では投資が活発にならない上、老後の不安から貯蓄する人が増えます。経常収支が黒字になり、円高デフレになります。そうした中で、財政出動に頼らず、有効需要を増やすには、「同一労働・同一賃金」を徹底し、最低賃金を引き上げていく必要があります。

若い人が結婚して、子供をもうけて子育てができるよう、無意味な残業を撤廃しなければなりません。100時間残業すれば、暮らしが良くなる時代は終わったのです。需要が不足しているのに、長時間働いて供給を増やせば、デフレがますますひどくなってしまいます。

サービス残業を撤廃して賃上げすれば、経営者は利益を出すために残業時間を減らすことを真剣に考えだします。利益率が低い「低賃金経済」から、利益率が高い「高賃金経済」に転換するため、人・モノ・資本を最大限活用して労働生産性を高める工夫が求められています。

そのためには大学で最先端の知見を学生に教えて、研究を進めることがスタート地点になります。問題の教授にどうして大学の教壇に立つ資格があるのか、筆者は不思議でなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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