トランプ台風 白い「負け犬」たちが英国をEUから離脱させる!

EU国民投票前日に訪英する米不動産王トランプ氏(写真:ロイター/アフロ)

TV討論で巻き返したEU離脱派

欧州連合(EU)残留・離脱を問う英国の国民投票が6月23日に迫ってきましたが、雲行きが非常に怪しくなってきました。筆者は2、3日の2日間に分け別々に行われた残留派のキャメロン首相と離脱派のゴーブ司法相のTV討論を聞いて、離脱派がかなり巻き返したと感じました。

2日とも24時間TVニュース局スカイニュースのプレスルームに足を運び、残留派と離脱派の下院議員、著名ジャーナリスト、双方のストラテジストに意見を聞いて回りました。先攻のキャメロン首相は有権者の厳しい質問に困ったような表情を浮かべ、苦笑いしながら答えました。これに対し、ゴーブ司法相は都合の悪い質問には一切答えなかったものの、穏やかに堂々と持論を展開しました。

英国の政治でディベートほど大切なものはありません。有権者はTV討論でどちらの意見が自分の気持ちを代弁してくれているかを判断します。これからも他の局でTV討論は行われるため、あくまで第1ラウンドという位置づけですが、筆者の判定は10対6で離脱派のゴーブ司法相の勝ちです。

出所:各種世論調査をもとに筆者作成
出所:各種世論調査をもとに筆者作成

TV討論後の世論調査を見ても、43%対40%、41%対43%、45%対41%で離脱派の2勝1敗になっています。

「首相はもともと欧州懐疑派」

英大衆紙デーリー・メールの政治部長で、キャメロン首相の伝記『コール・ミー・デイブ』の共著者イザベル・オークショット女史が分かりやすく解説してくれました。

「これまで欧州懐疑派(EU離脱派)をどのようにとらえるか難しいところがありました。ゴーブ司法相はエキセントリックにならず、非常に穏やかに有権者の気持ちに寄り添いました。キャメロン首相のやり取りが冴えなかったのは、彼がもともと欧州懐疑派だからです」

一方、ゴーブ司法相は都合の悪い3つの質問にはまったく答えず、朗々と自分の考えを語り続けました。英名門オックスフォード大学の学生討論会組織オックスフォード・ユニオンの会長を務めたのは伊達ではありません。EU離脱で有権者にとって一番大きな懸念は何と言っても経済的な影響です。

質問(1)EU離脱を支持しているエコノミストや経済学者が1人でもいたら名前を上げて下さい(答えはゼロ)

質問(2)EU離脱を支持している海外の政治指導者は誰ですか(答えはロシアのプーチン大統領と米大統領選で共和党の候補指名を確実にしている不動産王トランプ氏の2人)

質問(3)離脱派は、英国はEUに毎週3億5千万ポンド(約538億円)を送っていると主張していますが、本当ですか(英財政研究所によると、補助金などを差し引くと週2億7500万ポンド)

EU離脱問題の核心にあるのは、東西冷戦の終結に伴うグローバル化です。自由貿易の拡大で世界経済の統合が進み、資本と労働力の自由移動が加速しました。1993年に発足したEUは単一市場とユーロという単一通貨によって欧州の経済統合を一気に進めました。

ホワイト・ブリティッシュの負け犬たち

出所:ethnicity.ac.ukデータをもとに筆者作成
出所:ethnicity.ac.ukデータをもとに筆者作成

上のグラフは英国のイングランド地方とウェールズ地方の「ホワイト・ブリティッシュ(白人の英国人)」の比率です。91年の国勢調査では、非白人は全体の7%でしたが、2001年に9%、11年には14%にまで膨らんでいます。「ホワイト・ブリティッシュ」の人口比はこれからも減っていく見通しで、これ以上、移民は増えてほしくないという深層心理が働きます。

しかし移民問題を押し出し過ぎると、英国独立党(UKIP)のファラージ党首のように「人種差別主義者」という有り難くないレッテルが貼られてしまいます。そこでゴーブ司法相がTV討論で取ったのは「アンダードッグ(負け犬)」作戦です。職業政治家や官僚、銀行、財界人など、世界金融危機の種を撒き、その後の緊縮財政を主導したエリートに対するアンダードッグたちの反発や怒りを汲み取る戦術です。

出所:英財政研究所データをもとに筆者作成
出所:英財政研究所データをもとに筆者作成

英シンクタンク、財政研究所の報告書によると、子供のいないカップルの1週間当たりの収入(中央値)は上のグラフのように08年度の477ポンド(約7万3600円)をピークに11年度の454ポンド(約7万円)まで下がり続けました。世界金融危機と経済危機の影響です。しかし中央銀行・イングランド銀行による大胆な量的緩和と、緊縮財政で次第に英国経済は持ち直しています。

上がり続ける相対貧困率

問題は所得格差を示す相対貧困率の推移です。財政研究所によると、平均的な生活水準と比較して所得が著しく低い相対貧困者の割合は下がるどころか、これからさらに増えると予測されているのです。「自分はアンダードッグ」と感じる人が英国でも他の先進国と同様、増え続けています。

同

EU離脱が英国経済や国民生活に与える影響については、メディアや大学、研究機関、シンクタンクがさまざまな予測を発表しています。

【フィナンシャル・タイムズ】エコノミスト(100人以上)の4分の3以上が中期的に英国経済に悪影響を与えると回答

【ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス】国内総生産(GDP)に与える影響は-2.6~-1.3%

【英国産業連盟(CBI)、国際会計事務所PwC】20年時点でGDPへの影響は-5.5~-3.1%。1千億ポンド(約15兆4380億円)と95万人の雇用を失う

【オックスフォード・エコノミクス】GDPへの影響は-3.9~-0.1%

【国際通貨基金(IMF)】地域経済と世界経済に深刻な影響を与える

【英財務省】英国の家庭は年4300ポンド(約66万4千円)の減収。15年後のGDPへの影響は-7.5~-3.8%

【経済協力開発機構(OECD)】20年までにGDPは-3.3%。1世帯当たり年2200ポンド(約34万円)の減収。30年までには年3200ポンド(約49万4千円)、最悪シナリオでは5千ポンド(約77万2千円)を失う

【オープン・ヨーロッパ】EUと新たな貿易協定を結べないと、30年時点でGDPは-2.2%

計算できないトランプ訪英

メージャー元英首相はBBCの報道番組で、離脱派のジョンソン前ロンドン市長を「宮廷の道化師」と指弾し、離脱派について「不潔」「うそつき」という言葉を使って「英国の有権者がミスリードされていることに怒りを覚える。離脱派は正しくない情報を撒き散らしている」と批判しました。

しかしグローバル化とデジタル化、そしてEU統合と拡大、未曾有の量的緩和によって貧富の格差は広がってしまいました。エリートがはじき出したEU離脱による経済予測には、「自分はアンダードッグ」と感じる人たちに対する説得力があまりありません。

米大統領選の「台風の目」トランプ氏は3日、自身の公式ツイッターで、所有するスコットランド地方のゴルフリゾートの開業式に出席するため、6月22日に英国を訪問すると表明しました。当初はEU国民投票後の24日に訪英するとしていましたが、予定を2日早めました。

英国メディアは大変な騒ぎになると思いますが、トランプ訪英がEU離脱の最後の一押しとなるかどうかは誰にも予想できません。

(おわり)