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巨大タックスヘイブンと化した米国 ペーパー会社の所有者をあぶり出せ

木村正人在英国際ジャーナリスト
英で汚職対策サミット 脱税や汚職防止を議論(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

オフショア通じ買われるロンドンの不動産

世界のマネーが集まってくる国際金融都市ロンドン(筆者撮影)
世界のマネーが集まってくる国際金融都市ロンドン(筆者撮影)

世界金融危機に直撃されたにも関わらず、ロンドンの住宅価格は最大で50%も値上がりしました。こうした不動産の多くは英領バージン諸島のようなオフショアのタックスヘイブン(租税回避地)にある匿名のペーパー会社によって買われました。普通の若者カップルが真面目に働いてロンドンで住宅を購入するのは夢のまた夢です。

英国のイングランド、ウェールズ両地方にある10万件にのぼる不動産は海外の会社が所有しており、ロンドンだけでもその数4万4千件にのぼっています。国際NGO「トランスパレンシー・インターナショナル」によると、ロンドンの超高級住宅地ケンジントン・アンド・チェルシー区では10に1つの物件は英領バージン諸島やジャージー、マン島のような秘密の管轄権を通じて所有されています。

出所:トランスパレンシー・インターナショナル
出所:トランスパレンシー・インターナショナル

ロンドンの5.7平方キロメートルを占める3万6342件の不動産はペーパー会社によって所有されています(上の図表の濃くなっている部分)。汚職に関係しているとして捜査の対象になっている英国の不動産の75%が現在、秘密のベールに覆われたオフショアで登記されているそうです。

世界の政治指導者や家族らによる不透明な資産運用を明るみに出した「パナマ文書」で、シリアの大統領アサドの側近が2012年以降、欧州にある資産は凍結されたにも関わらず、バージン諸島を介してロンドンの約600万ポンド相当の超豪華住宅を保有していたことが報じられるなど、秘匿性の高いオフショアを使ってロンドンで資産隠しが行われている実態が浮き彫りになりました。

「英国第2の帝国」

「パナマ文書」でタックスヘイブンに厳しい目が注がれる中、汚職の根絶を目指す国際会議「反腐敗サミット」が12日、ロンドンで開かれました。11カ国の首脳、米国務長官ケーリーら約40カ国、世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、国際通貨基金(IMF)の代表が出席し、議長の英首相キャメロンは「腐敗は国際社会が抱える多くの問題の核心にあるガンだ」「私たちの時代の発展を妨げる最大の敵の1つだ」と腐敗撲滅を呼びかけました。

国際金融都市ロンドンは英領バージン諸島やケイマン諸島、チャンネル諸島、マン島などオフショアのタックスヘイブンと密接につながっています。世界のオフショア活動の4分の1から3分の1を占めるこうした島々は「英国第2の帝国」と呼ばれています。

政府支出の30%に相当する年10兆ドルが腐敗によって失われ、ワイロの60%は公共事業から捻出されていると推定されています。犯罪組織や北朝鮮など「ならず者国家」の武器・麻薬取引、マネー・ロンダリング(資金浄化)、独裁者の資産隠しに英領のオフショアが使われ、ロンドンに拠点を置く銀行や不動産が絡んでいるのをいつまでも放置しておくわけにはいかなくなりました。

1つのビルに英・マン島の10倍近い会社

英国は主要20カ国・地域(G20)の中で初めて、タックスヘイブンに設立されたペーパー会社の本当の所有者を登記して公開する公的な枠組みをスタートさせる方針を示しました。「反腐敗サミット」に合わせて、英国の不動産を購入したり、保有したりしているオフショアのペーパー会社や海外会社は新しく登記して所有者を明らかにする義務を課すことも表明しました。

ペーパー会社の本当の所有者を登記する枠組みについて約40カ国・地域が賛同を表明しました。渦中のパナマや英領バージン諸島、国際サッカー連盟(FIFA)は会議に招待されませんでした。

マン島の首席大臣アラン・ベルは「米国こそ主要な秘匿性の高い管轄権でありタックスヘイブンだ」「規制が緩い米デラウェア州では1つのビルにマン島の10倍近い会社が登録している」と批判しました。

ケイマン諸島の首相オールデン・マクラフリンも「米国のデラウェア州やワイオミング州を見なさい。国際基準をめぐる議論は偽善だ。米国と他の国々は基準に関するいかなる要求も例外扱いすべきではない」と述べています。

ペーパー会社作りやすい米国

出所:ボストン・コンサルティング・グループのデータをもとに筆者作成
出所:ボストン・コンサルティング・グループのデータをもとに筆者作成

米国の多くの州では、ペーパー会社を設立する時、運転免許証やパスポートのようなIDを提示したり、会社サービス提供者も本当の会社の所有者の情報を証明したりする必要がありません。本当の所有者は名前や住所、電話番号を求められるかもしれませんが、追加料金を支払えば、会社サービス提供者は名義人を使うことができます。

今や米国のサウスダコタ州、ワイオミング州、ネバダ州、デラウェア州は世界最大のタックスヘイブンと化しています。オバマ米政権はペーパー会社の透明性を高めるルールを導入するとともに新たな提案を行いましたが、依然として名義人を使ってペーパー会社の本当の所有者を隠すことができます。

独紙フランクフルター・アルゲマイネによると、国際NGO「タックス・ジャスティス・ネットワーク」の調査では、米国はペーパー会社の本当の所有者を公開することや各国の税務当局と自動的に銀行口座のデータを共有することに反対しています。米国の50州のうち14州では今でも、所有者や責任者を明らかにしないまま会社を起こすことができるそうです。

(おわり)

参考:不動産王トランプの名が「パナマ文書」に出てこない理由 影の巨大タックスヘイブンとは?

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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