熊本地震 災害報道で浮き彫りになった報道機関と支援団体の「情報ギャップ」
NHKによると、今月14日以降、熊本県と大分県で活発な地震活動が続き、震度1以上の地震は950回を超えました。熊本県で亡くなったのは49人、避難生活の負担など地震の影響で亡くなったとみられるのは16人にのぼっています。行方不明は1人です。
重傷者は319人、軽傷者は1111人です。また、エコノミークラス症候群による入院患者は40人で、うち1人が死亡しています。
熊本県内の避難者数はピーク時(4月17日)の18万3882人から4万1119人に減ってきています。
国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどを通じ中東・北アフリカで子供の支援活動に携わってきた田邑恵子さんの協力で、熊本地震に合わせてYahoo!JAPANニュース個人の欄に緊急エントリーしてきました。
田邑さんは、カップラーメンが備蓄品としては不向きで、「生もの、古着、寄せ書き」は支援品として好ましくないトップ3であることなど、支援団体にとっての「常識」が一般の人にはあまり知られていないことに改めて驚いたそうです。
Yahoo!JAPANニュース個人の「拡散力」をまったく知らなかった田邑さんはこれまでは主要新聞社の電子版を中心に見ていました。支援団体や行政側に「新しいメディア」がどれだけの拡散力を持っているかの認識がまだまだ少ないのではと疑問を投げかけています。
また、東日本大震災を経験した河北新報、南海トラフ巨大地震に備える静岡新聞など地方紙の方が、高齢者、障害者、乳幼児、外国人といった要配慮者の問題を取り上げる傾向が目についたと言います。報道機関と支援団体が協力してお互いの情報ギャップを埋める必要があると指摘しています。
「伝える」一歩先に
[田邑恵子]熊本地震の災害報道に関しては、時間をおいてから、きちんと検証される機会があることを強く願っています。報道機関と支援団体の間のギャップを洗い出し、両機関が「伝える」ことの一歩先にたどり着くために、何がなされるべきかを話し合われることを願ってやみません。
私はジャーナリストではありません。今回の地震でも現場に向かったわけではありません。自分には「行って、見て、伝える」とは違う役割があると考えているからです。
(1)正しい情報が共有されないことに起因するリスクを減らすこと
(2)被災された方が参考にすることができ、自分たちの工夫で状況を改善する時に、参考にできる情報を出すこと
(3)被災地以外の人々が、正しい知識を身につけ、また、自分の足もと、地域の備えを事前にチェックすることで、同じようなリスクが発生するのを減らすこと
この3つが私の目標でした。そのため私の緊急エントリーは必ずしも、被災地の現場の情報と全く同じではありませんでした。それよりも、参考になる、あるいは「自分で考えて、チェックしてほしい」と思う情報を、警鐘として出すように心がけました。
現地の方が、実情に合わせて取拾選択してくれれば良いと思ったからです。熊本地震を受けて発信した緊急エントリーはものすごくシェアされました。1人でも多くの人が「ご自分の地域の備えを見直してみませんか?」という私の提案を考えて、実行に移してくれることを望んでいます。
備蓄品に関して「参考になった」「見直した」という反応が多かったですが、居住する地域の防災計画や避難所の備品リストまでチェックした人がどれくらいの割合でいるでしょうか。
「公助」の備蓄品リストに入っていないものは、自分で備えるしかありません。繰り返しになりますが「思ってもみなかった」地域に災害は訪れます。今日かもしれないし、明日かもしれません。防災準備に「早すぎた」ということはありませんので、ぜひ、今すぐ備えを見直していただけたらと願っています。
意外と知られていない「常識」
それと同時に、支援団体には「常識」であることが、改めてこんなに一般の人に知られていないのかと驚いた点も多かったです。例えば、非常食。
備蓄品としてカップラーメンが不向きなことは、もう「常識」になっていると私は思っていました。理由は、賞味期限が6カ月と早く、入れ替えを頻繁にしなくてはならない、容器が壊れやすいため地震などで使えなくなる可能性が高い、かさばるため1食分の保管にスペースを取る、避難所の初動の時期には水・燃料の確保が難しく調理できない可能性があるからです。
もちろん「食べるな」ということではありません。普段から、カップラーメンが大好きで、温かい湯気を見ることで心が癒されるという人もいるでしょうし、ある程度、避難所で水と燃料の確保ができるのであれば問題はありません。
ただ、食料の配布があるまでの間、自分の備蓄だけで食いつなぐ必要があることを考えた時に、「コンパクトで栄養バランスが良く、 衝撃に強く、多少つぶれたり、変形したりしても食べることに支障のない食品は他にもありますよ」ということを伝えたかっただけなのです。
現在のフリーズドライ食品はとても優れていて、大さじ2杯の常温の水で食べられる状態になるひじきの煮物や焼きなす、80ccのお湯で食べられる親子丼など、実に多様な種類が存在します。
また、高齢者や幼児であれば、エナジーバーよりもゼリー状・ペースト状の食品の方が、大きなショックの後でも喉を通りやすいでしょう。これらの食品の方がカップラーメンより場所もとらず、簡単に食べられる状態になります。
支援品に関しては、仕分けにかかる人手と運送の手間、保管場所の問題を省くため、 通常は受け入れをしてないか、詳細なスペック(材質、種類、サイズ、数量、形状など)を指定した上で、限られた品目だけの受け入れをすることが多いのです。
熊本地震の場合、東日本大震災よりも交通インフラが機能している割合が高く、受け入れ側のインフラも壊滅的ではなかったため、物流の早期の回復は予見できました。そのため、支援品を集めるのではなく、広域連携をしている市町村からの備蓄を一括輸送した方が、効率が良かったのではないかと考えています。
報道機関と支援団体の情報共有がない
支援団体側が持つこれらの知識が、一般の人あるいは、報道関係者に共有されていないという問題が明らかになってきました。何が適していて、何が適さないのかというのは、新しい課題ではありません。
「生もの、古着、寄せ書き」は支援品として好ましくないトップ3ですが、受け入れに適した品目の細かいスペックを明確にして、それを早い段階から報道機関に積極的に発信してもらうことで、規格外の支援品が届けられるのを抑制する必要があったのではないかと考えています。
それと同時に、報道機関が 「初動時に求められるものは何か」「避難生活が長引いた時の留意点は何か」を専門家に問い合わせて確認をし、スクリーニングを受けた適切な情報だけが流されるという体制を整えることが本来は望ましいと考えています。
エコノミークラス症候群に関する予防策などは広く報道された一方、要配慮者(高齢者、障害者、乳幼児、妊産婦、外国人など)に必要な支援に関する専門家の見解は、まだ広くは報道されていません。
国際協力での長い経験があるピースウィンズ・ジャパンでは、女性用テント、ペットを連れた方が利用できるテント、洋式の簡易トイレ(ちゃんと男女別に分かれて使用できるようにしてあります。和式の簡易トイレは高齢の方には使うのが大変です)など、やはり一歩先、被災された方のニーズに沿った支援を提供しています。用意さえしておけば、こういった配慮をすることは可能なんですよね。
障害を持った方、高齢者、乳幼児、妊産婦、子供などに特化した支援を行っていたり、水衛生やトイレ設置のノウハウを蓄積していたりする団体も多数存在しています。
「プロ」の視点を広げよう
これら支援団体が共同で「プロ」の視点からの望ましい備蓄品、配慮すべき点、活用できるリソースなどを一斉に報道機関に公開する態勢が初動時には求められると考えています。
4月26日に中間支援団体であるジャパンプラットフォーム主催の「NGOは何ができるのか」という記者懇談会が初めて開催されましたが、地震発生から約10日後の開催は遅すぎたという感は否めません。
また、行政側の情報発信の遅れも目につきました。報道を見る限り、行政側の立ち位置は 「インタビューされれば応えるが、積極的には声明、情報の提供はしない」という姿勢が多いように見受けられます。
例を挙げると、内閣府の男女共同参画を担当する部署は、避難所運営にあたって配慮すべき指針、避難所のチェックリストなどをすでに作成、ホームページ上に公開済みですが、それを積極的に開示、普及を試みた形跡はありませんでした。
この件に関して、支援団体側の反省事項でもあります。多くの団体は第一陣を現地に送り、活動の報告をしていますが、 それらの情報は、各団体のホームページ、Facebookなどに「見に行かなくては」見られない形でしか公開されていません。
一定割合は拡散する情報があるとしても、一般の人には届きづらいのではないでしょうか。新聞記事で活動が紹介されたり、 解説番組が設けられたりすることはありましたが、これは一部の活動しか取り上げられていません。
新しいメディアの「拡散力」
積極的にYahoo!JAPANニュース個人など「拡散力」のある新しいメディアを利用して、正しい情報の拡散に努めたという支援団体はありませんでした。支援団体、行政側に新しいメディアの「拡散性」に対する理解が少なかったことが要因ではないかと考えています。
私自身もYahoo!JAPANニュース個人の「拡散性」については無知であり、これまでは主要新聞社の電子版を個別に見ていました。各種新聞(地方紙も含めて)の情報がYahoo!JAPANではトピックという形でまとまって表示され、とても便利なのだということを初めて知りました。
各社の記事が並列されているため、賛成の意見もあれば、反対の意見も同じページにまとめられています。そのまとめのページを見ることで、読者は「違うアプローチもあるんだ」ということを知ることができます。
また、河北新報、静岡新聞など地方紙の特集の方が、要配慮者(高齢者、障害者、乳幼児、外国人など)に関する問題提起を全国紙よりも先駆けて報道している傾向も目につきました。
今回、支援団体が自分たちのホームページ上での情報共有に終止し、「それを見に来ない人々にどうやって発信するのか?」「医療、食事、物資、シェルター設置に関する統一の見解・助言を発表する」という点が考慮されなかったのは、今後の改善が望まれる事項であると思います。
「とにかく現場に行け」と派遣された報道機関の記者が最前線から送ってくる映像と被災された方が直接発信するソーシャルメディア情報が錯綜した点の検証は後日に譲るとして私が受け取ったコメントから、いくつかの提案を紹介したいと思います。
(1)報道記者にも災害取材に入るときの最低限の訓練を受けてほしい
(2)支援活動の妨げとならないような報道態勢を検討する
支援団体側の情報発信の方法をより効果的にするための方策、どのように報道機関との協力体制を築いていくかという点も検討してほしいと願っています。
(おわり)
【熊本地震緊急エントリー】
報道とボランティアの皆さんも「心理的応急措置(PFA)」を忘れずに
田邑恵子(たむら・けいこ)
北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画(UNDP)、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。現在はフリーランスとして活動している。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。ブログ「シリアの食卓から」