EU残留・離脱を問う英国の国民投票がどれだけバカげているか

EU国民投票で残留を目指す英国のキャメロン首相(写真:ロイター/アフロ)

6月23日に行われる国民投票

「あなたは英国が欧州連合(EU)加盟国として留まるべきだと考えますか。イエスかノーのどちらですか」

欧州、いや世界の未来を左右するEU国民投票が6月23日、英国で行われることになりました。ロンドンを拠点に9年近く英国とEUをウォッチしてきた立場から見ると、米大統領選の共和党予備選で旋風を巻き起こす不動産王ドナルド・トランプ氏の人気と同じぐらいバカげたことだと言わざるを得ません。

出典:各種世論調査をもとに筆者作成
出典:各種世論調査をもとに筆者作成

最新の世論調査ではEU首脳会議での合意を受け、残留が離脱を15ポイントも上回っています。

この国民投票は、そもそも英国のキャメロン首相が保守党右派の欧州懐疑派やEU離脱を党是とする英国独立党(UKIP)人気を抑えて、自分の政権を維持するために仕掛けた大ギャンブル、いや一人芝居です。先の総選挙で勝って保守党単独政権に移行して所期の目的は達したものの、さあ後始末が大変です。キャメロン首相はEUからの離脱をまったく望んでいません。

国民投票の結果がどちらに転んでも、フランスやオランダなど他のEU加盟国で極右勢力や欧州懐疑派がさらに勢いを増すでしょう。キャメロン首相は、少なくとも核保有国や国連安全保障理事会常任理事国という特別な立場を返上してからEU国民投票というハイリスク・ノーリターンの大博打を打つべきではないでしょうか。国際協調を重視する日本なら、そんな勝手な振る舞いはしません。

EU離脱なら3割の企業が縮小か移転

まず、この国民投票がいかに馬鹿げているかを見ていきたいと思います。ドイツのベルテルスマン財団が英国とドイツの約700社を対象に実施した調査では、英国がEUから離脱することになった場合、29%が英国での企業活動を縮小するか、他の国に移動すると回答しました。仕事は随分、減るのは間違いありません。

はっきり言って老小国・英国には誰も魅力を感じていません。英語が母国語で、グリニッジ標準時がある立地条件の良さからロンドンには人とお金が集まってきます。米国、欧州大陸、かつての植民地である英連邦という3つのリンクがロンドンと世界を結んでいます。ロンドンはアフリカ、中東、ロシアとも地理的、人的なつながりを持っています。

21世紀、欧州に高い成長を期待することはできませんが、欧州大陸がロンドンにとって最も大切なリンクであることに変わりありません。財の輸出は対EUが約半分を占めており、英国への観光客はフランスやドイツなどEU加盟国からが大半です。下のグラフは英国の国民1人当たり実質GDPの推移です。

出典:IMFデータをもとに筆者作成
出典:IMFデータをもとに筆者作成

EUが創設される前の1992年には1万8233ポンドに過ぎなかった国民1人当たり実質GDPはその後、どんどん伸びて、世界金融危機に見舞われる前の2007年には2万6580ポンドにまで増えています。英国がEUを離脱した場合、GDPは2030年時点で残留した場合より2.2%も小さくなるという予想もあります。

英国にとってEUは大きなプラス材料だったことに間違いはありません。英国経済は個人消費に負うところが大きいのですが、労働生産性が伸び悩み、所得増よりも貯蓄減に頼っているのが現状です。不動産セクターが今や主要産業の一つです。英国がEUから離脱したら、英国の不動産価格はどうなるでしょう。上昇率が減速するばかりか、下落に転ずる恐れがあります。

価格上昇が見込めないと、維持管理にコストがかかる英国の不動産物件の保有はキャッシュフローにマイナスに響きます。英国のEU離脱は、ローンを組んで2軒目の住宅を購入し、賃貸に出している家計を直撃するリスクもはらんでいます。

EUに入っていない英国なんて、米国も、日本も、中国も相手にしません。そればかりか英国の地方の一つであるスコットランドにも見捨てられてしまうでしょう。英国は自分の頭に拳銃を突きつけてロシアンルーレットをしようとしているのです。

国民投票の本当の理由

「英国に来て4年間、移民は所得保障(タックスクレジット)などの社会保障を受けられないようにする」と英国が求めた制限案は、EU首脳会議での交渉で「財政が逼迫した場合にのみ、最初の4年は段階的に社会保障を認めていく緊急避難措置を決定できる。緊急避難措置の実施期間は最長でも7年」と大幅に弱められました。

母国で暮らす子供の育児手当の廃止案については「英国ではなく、母国の生活費を反映させる」とされました。しかし加盟国の議会の55%が反対すれば欧州委員会の提案を阻止したり拒否したりできる「レッドカード」については実際に効果的に使えるかどうかを疑問視する声が上がっています。他の合意事項については暗黙の了解を改めて確認したに過ぎません。

英国の欧州懐疑主義についてはこれまで、いろいろな解説がなされてきました。(1)伝染病の流行、戦争と災いは欧州大陸からやってくるという歴史的な島国根性(2)EUに意思決定の権限を奪われ、英国伝統の「議会主権」を損なう(3)ユーロ危機で単一通貨への不信感が一気に増幅された(4)EU官僚主義への反発(5)EU拡大で移民が増えたから――というものです。

グローバリゼーションへの不満

ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授は2002年に「Globalization and Its Discontents(世界を不幸にしたグローバリズムの正体)」を発表していますが、「グローバリゼーション」と「労働力の自由移動」が人々の不満を高めています。問題の核心にあるのは、移民がもたらした国内労働者の競争激化と社会・文化・宗教の摩擦による排外主義です。

1991年から2014年にかけ、英国にやって来た移民は差し引きして計397万9千人(オックスフォード大学などの調査)。下のグラフはシンクタンク「マイグレーション・ウオッチUK」から引用したものです。毎年どれだけ英国の移民が増えたのかを表しています。グラフを見ると、1993年のEU創設と2004年のEU拡大に合わせて移民が増えていることが手に取るように分かります。

出典:マイグレーション・ウオッチUK
出典:マイグレーション・ウオッチUK

キャメロン首相はずっと年間の移民流入を2020年までに純増で10万人以下に抑えると言い続けていますが、実際は3倍以上の33万6千人に達しています。移民と外国資本が英国経済の原動力です。しかし、自分の国なのに自分の居場所や取り分が奪われていると感じる人がEUの拡大とともに確実に増えています。

英国内ではこれから残留派、離脱派に分かれて激しいキャンペーンが繰り広げられます。EU離脱を唱えているのは閣内だけでも、ダンカン・スミス年金・雇用相、グレイリング下院院内総務、ビリアーズ北アイルランド相、ウィッティンデール文化メディアスポーツ相、ゴーブ司法相。このほかジョンソン・ロンドン市長、フォックス元国防相ら錚々たるメンバーが名前を連ねます。

最大野党・労働党の党首に、鉄道・エネルギー・銀行の国有化を唱える強硬左派のコービン氏が選ばれるぐらいだから今の英国では何が起きても不思議ではありません。怒りに近い感情を理性で抑えるのは難しいかもしれません。

EU拡大によって大量の移民が英国に流れ込み、仕事や社会保障費を奪われたと感じる単純労働者と高齢者の不満が世論の二極化を進めています。英国の有権者は全財産をEU離脱に賭けるのか、それとも残留に託すのでしょうか。まともな判断力が備わっていればEU残留しか賢明な選択肢はありません。英国の現実主義が本物か、これから試されようとしています。

(おわり)