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まじめな錦織クンはビックリ しかしテニスの八百長は賭け屋業界では半ば常識だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
全豪オープン男子1回戦を突破した錦織選手(写真:ロイター/アフロ)

BuzzFeedと英BBC放送がスクープしたテニスの4大大会(グランドスラム)の一つ、ウィンブルドン選手権を含むプロテニスの八百長疑惑。

2007年の「疑惑のマッチ」をきっかけに大規模な調査が行われ、翌08年、携帯電話やパソコン、銀行口座を強制調査できる権限を持ったテニス・インテグリティ・ユニットが設立されました。それ以降、5選手が永久追放になるなど13選手が処分されています。

BuzzFeedとBBCは4大大会のシングルス、ダブルス優勝者を含む世界ランキング50位以内の16選手が賭け屋のオッズの低い時に限って負けるという不審なパターンを繰り返していると報じています。

このうち8人は18日開幕した全豪オープンに出場していると指摘していますが、男子プロテニス協会(ATP)のクリス・カーモード会長は八百長疑惑報道について「全面的に否定する」と述べました。

錦織クン

男子シングルス世界ランキング7位の錦織圭選手は記者会見で八百長疑惑について質問され、「僕は何も知らなかった。驚きです。そんなことに関わったことはないし、事実、何が起きているのかまったく分からない」と目をシロクロさせています。

フェデラー

しかし、選手会の会長を務める世界ランク3位のロジャー・フェデラー選手はもっと大人の回答です。

「正直なところ、今回の報道で新しい話がどれだけ出てきたのか正確には分からない。古い名前は出てきたが、それは調査済みの話だ。関係者は報道を深刻に受け止めるべきだ」

「テニス・インテグリティ・ユニットができた。こうした疑惑が再び出てきたので、彼らにはプレッシャーがかかるだろう。これは良いことだ」

「自分の試合では八百長の話は聞いたことはないが、選手会の会議で取り上げられ、初めて知った。私は賭け屋のシンジケートからアプローチを受けたことはない」

「ここ数年、八百長疑惑は非常に重大な問題になっている。スポーツを取り巻く環境をクリーンにすることが不可欠だ。そのことに関して疑問を差し挟む余地はない」

ジョコビッチ

世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ選手はシンジケートから間接的にアプローチを受けたことがあるそうです。

「報道が選手全員に影を落とすことはないと思う。正直なところ八百長疑惑は耳にしたことがある。報道で読んだ選手はもうプレーしていない。10年近くも前の話だ」

「もちろんテニスに八百長や腐敗が入り込む余地はない。私たちは限りなくクリーンにテニス界を保とうとし続けている。当局が特別なケースを取り扱うようプログラムは改善されている」

「テニスが暗雲に覆われているとは思わない。誰が八百長疑惑に関係しているのか話題になっているが、現役のプレーヤーに関する証拠はない。今のところ憶測の範囲を出ない」

――2007年にサンクトペテルブルクの第1回戦で負ければ20万ドルを渡すとオファーを受けたと話されていますが

「直接、アプローチを受けたわけではない。僕のチームで働いていた人を通じて話が持ちかけられた。もちろんすぐに断った。男は僕に話そうとしたが、直接会わなかった。何もなかった」

「不幸なことにあの時代、ウワサや話、いかがわしい人たちがうごめいていた。この6~7年はそんな話は聞いたことがない」

「誰にもそんなことには関わってほしくない。八百長をチャンスと呼ぶ人がいるかもしれないが、僕にとってはスポーツマン精神にもとる行いだし、正直言って犯罪だ。スポーツ、特にテニスで八百長を許してはならない」

「ご存知のように僕はスポーツの価値を知る人に指導され、囲まれて育った。幸福なことに僕は八百長に関わる必要はなかった」

シャラポワ

女子シングルス世界ランク5位のマリア・シャラポワ選手は「八百長なんてあってほしくない。私にとってスポーツはオカネ以上の意味がある。スポーツで成功を収めれば、もっと勝つことができ、賞金が手に入る」と話しています。

「しかし私の場合、究極的にスポーツにおいてオカネは決して動機にはならない。それ以上のモノだ。競争があり、より強くなりたい、より上手くなりたいというチャレンジがある。数千人の観客の前で勝利を目指して相手とプレーする。コートに立つ時、オカネが問題ではない」

セリーナ・ウィリアムズ

世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズ選手は「今日、八百長疑惑の話を聞いた。私がそれについて聞かれたのは警告としてだけ。私が耳にしたのはそれがすべて」と話しました。

テニス、サッカー、クリケットの八百長疑惑は4年間で680試合以上

テニスやサッカー、クリケットをめぐっては常に八百長疑惑が取り沙汰され、事件になったケースもあります。

2005年ごろからドイツやイタリア、ベルギーなどで八百長疑惑が次々と浮上したため、欧州刑事警察機構(ユーロポール)が各国の警察と共同捜査を行いました。その結果、08年~11年の680試合以上に八百長の疑いがあり、選手、審判、スタッフなど425人に疑惑が向けられました。

八百長試合で日本円にすると約10億2千万円もの稼ぎがあり、うち約2億5500万円が関係者の買収に使われているとユーロポールは発表しています。

やりやすいテニスの八百長

プロテニスの選手は2万1千人近く、毎年80カ国で1500大会以上が開かれています。テニス・インテグリティ・ユニットの監視が届きにくい上、テニスの場合、選手1人を買収できれば八百長がやりやすいという事情があります。

オッズ(賭け率)が異常な動きをみせるのをコンピューターで監視できます。まっとうな賭け屋は怪しい選手のブラックリストを作成して八百長試合に目を光らせています。

テニス・インテグリティ・ユニットは八百長が疑われる場合、選手の携帯電話、PC、銀行口座を調べる強い権限を有しているのに十分に調査していないとBuzzFeedやBBCは指摘しています。

八百長は(1)ストレートで負ける(2)第1セットを取ってから負けたり、負傷したふりをして途中で棄権したりする(3)第2セット目を落とすが、最終的に勝つ――という主に3つのパターンで行なわれているそうです。

インターネットの発達でオンラインの賭けには1試合につき数千万円から数億円ものカネが動きます。ランキングの低い選手にとって大会参加費、ツアーやコーチ帯同の費用はかさみ、賞金だけでやりくりするのは大変です。シンジケートから600万~1200万円のワイロをチラつかされると、心が動く選手がいてもおかしくありません。

2011年にD・ケレラー選手(オーストリア)が八百長で処分を受けたのを皮切りに、D・サビッチ選手(セルビア)、A・クマンツォフ選手(ロシア)らが永久追放という重い処分を受けています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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