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社員の職務発明は会社のもの 特許法改正で「成長しない病」は悪化する?

木村正人在英国際ジャーナリスト
米LEDベンチャー「SORAA」を創立した中村修二氏(写真:ロイター/アフロ)

日銀が公表した2015年上半期の潜在成長率は推計で0.23%だったそうです。14年下半期の0.22%とほぼ同じ水準で推移しています。

出典:日銀資料
出典:日銀資料

異次元緩和で日銀の保有資産を昨年末の時点で国内総生産(GDP)の76%に当たる383兆1千億円に増やしても、この有様ですから、日本の「成長しない病」は深刻です。というより異次元緩和と潜在成長率の間には何の相関関係もないということかもしれません。

日銀資料から潜在成長率の推移をみると、1980年代には4%台半ばでした。金融バブルが崩壊した後、「雇用」「設備」「債務」という3つの過剰の解消が進められ、潜在成長率も急落しました。2008年のリーマン・ショック後は0%台を低迷しています。

少子高齢化で労働力不足が目立つようになりました。今後、移民を大胆に受け入れない限り、国内の労働市場も消費市場も縮小していくのを避けられません。このため、企業は国内の設備投資より、海外でのM&A(企業の買収や合併)に熱心です。海外の成長力を買うしか生き残る道がないからです。

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総需要と供給力の差を示す「需給ギャップ」は昨年7~9月でマイナス0.44%です。需給ギャップの推移を示した上のグラフを見ると、09年を底にかなり改善してきていますが、国内ではまだ供給過剰の状態です。

労働力が不足し、国内での投資が見込めない以上、潜在成長率を上げるには、技術進歩や生産の効率化(TFP、最初のグラフを参照)を向上させるしかありません。

しかし、気がかりな記事が英紙フィナンシャル・タイムズに掲載されています。今年4月にも施行される改正特許法に、青色発光ダイオード(LED)の発明者でノーベル物理学賞受賞者の中村修二カリフォルニア大学教授が噛み付いています。 

これまで日本では社員(従業者)が仕事で成し遂げた発明(職務発明)を特許にする権利は社員に帰属していました。このため会社(使用者)は対価を払ってその権利を社員から譲り受ける必要がありました。

中村教授が元勤務先の日亜化学工業(徳島県阿南市)を相手取った特許訴訟で2004年、一審が日亜側に200億円支払うよう命じました。これをきっかけに、経団連が中心になって特許に関する権利を会社のものにする特許法の改正を政府に要望してきました。

これを受けて、会社が社内規定を「職務発明を特許にする権利は会社に属する」と改めれば会社が初めから権利を得られるよう特許法が改正されました。会社がこれまで通り特許に関する権利を発明した社員のものにすることを望めば、社員帰属のままにすることもできます。

特許を受ける権利はもともと発明者(社員)に属するとしているのは米国、カナダ、ドイツ、韓国です。使用者(会社)としているのは英国、フランス、オランダ、スイス、スウェーデンなどです(特許庁の報告書より)。

特許法の改正について、中村教授はFT紙のインタビューに「研究者は日本を離れて、米国に行くだけだ」と警鐘を鳴らしています。会社を重視して研究・開発の環境を良くした方が発明にプラスなのか、それとも発明者個人に報いた方が良いのかは判断が分かれるところでしょう。

頭脳は研究資金と、より良い環境を求めて世界中を移動します。日本は今、限られた資金を選ばれた大学に集中させる方法で大学改革を進めています。社員よりも会社に重きを置いた特許法の改正で会社の研究・開発環境も大きく変わります。それが吉と出るか、凶と出るかは、日本の死命を決すると言えるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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