日本のマスコミの鈍感力 なぜ「イスラム国」と呼び続けるのか【パリ同時多発テロ】

パリの観光名所エッフェル塔を警備する兵士(11月15日、木村正人撮影)

中東・北アフリカで国際支援活動に携わってきた田邑恵子さんから、なぜ日本のマスコミは過激派組織「イスラム国」と呼び続けるのかと厳しい批判をいただいている。筆者も記事の最初で「イスラム国(IS)」と表記し、2度目以降はISに改めている。

「 」を付けることで、彼らが自称しているという意味を込めたつもりだった。ISと他の過激派が違うところはイスラム教徒による「建国」を呼びかけ、最高指導者アブバクル・バグダディが「カリフ(イスラム社会の最高指導者)」就任を宣言したことだ。

シリアのアサド大統領によるイスラム教スンニ派弾圧、「建国」という勇壮な響き、そして欧米諸国による空爆が、「ジハード(聖戦)」を呼びかけるISの主張に偽りの正当性を与えている。しかも彼らは西洋とイスラムによる世界終末戦争のロジックを持ち出している。

英国メディアは最初に「Islamic State」と呼び、あとはIS、ISIS(イラク・シリアのイスラム国)、ISIL(イラク・レバントのイスラム国)を使っている。しかし「イスラム国」と呼び続けることは、イスラムと西洋の対立をあおるISの主張にお墨付きを与えることになる。彼らにイスラム教に基づくイデオロギーなどない。暴力とテロによってプロパガンダを拡散させている。

テロに立ち向かう方法は「破壊」ではなく、「建設」である。「対立」ではなく、「和解」である。イスラムと西洋は米国の政治学者サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で指摘したようには、衝突していない。ハンチントンの論理は過激派と極右勢力に利用された。

過激派がテロを行っても、イスラムと西洋は対立しているわけではない。筆者も田邑さんの忠告を受け入れ、これからは過激派組織ISと表記することにした。

テロ遺族がモスクを訪問「あなたたちのせいではない」

[田邑恵子]パリの事件で亡くなった一人にフランス北西部、シェルブルグ出身のギィヨーム・ル・ドランさんがいる。襲撃されたバー「ラ・ベルエキップ」で働くバーテンダーで33歳だった。テラスにて銃弾に倒れた。彼の妹アナイスさんがフランス公共放送TVのインタビューを受けた。

ギィヨームさんが働いていたバー「ラ・ベルエキップ」(木村正人撮影)
ギィヨームさんが働いていたバー「ラ・ベルエキップ」(木村正人撮影)

お兄さんのギィヨームさんは、いつも生き生きとエネルギッシュで微笑みを絶やさない人だった。実家でもパリの自宅アパートでもテラスで食事をしたり、ワインを飲んだりとテラスで時間を過ごすのが大好きだった。最期は職場のテラスで亡くなってしまった。

お葬式を終え、ギィヨームさんが住んでいたアパートで遺品を整理し、実家に持ち帰るなどの片付けを始めたが、それが辛いという。彼にはイスラム文化の下で育った友人がたくさんいたという。

彼の死を悼んで、襲撃から10日後に地元のモスク(イスラム教の礼拝所)を遺族・友人が訪問し、イスラム系コミュニティーと対話する機会を持ったという。遺族が伝えたかったメッセージは一つだ。

「私たちは、あなたに敵対しない」という強い想いだ。アナイスさんは言う。

「皆さんのせいではないと知っていることを伝えたかった。皆さんが責任を感じる必要はないんですよということを伝えたかった。今、イスラム教徒がテロリストと混同され、パニックをもたらしている。私たち遺族と友人はイスラム教徒の皆さんに心から再確認したかった。私たちは皆さんを敵だと思っていないと」

兄の死に直面して、怒りや不正義だと思う気持ちにどう向きあっているのかと質問されたアナイスさんは答える。

「怒りは感じない。特定の個人であれば怒りを感じたのかもしれないが、今回の事件は野蛮グループによって実行され、誰に怒りを感じていいのか分からない。今回の事件に加担した個人は、法で裁かれるべきだと思うが、今回、兄は暗殺されたようなものだと思う。暗殺者が法で裁かれることはないから」

「テロを難民のせいにするのはナンセンス」国連難民高等弁務官

パリ同時多発テロの現場からシリアのパスポートが発見されたことが大きく報道され、難民の流入が欧州でのテロを拡大させるのではとの懸念が拡大している。国連難民高等弁務官アントニオ・グテーレス氏は11月17日に声明を発表した。

その中で「国際社会はダーイシュの戦略にのせられるべきではない。テロを難民のせいにするのは全くのナンセンスだ」と表明した。「シリアのパスポートは発見されるために残された。つまり、ダーイシュは難民にスポットを当て、ヨーロッパの国々にその国境を閉じさせようという戦略をとっている。それに踊らされてはいけない」

「アルカイダ」は「基地」と呼ばなかった

テロが続くフランスでは、マスコミ各社がフランス社会の分断を増長させないようにと注意していることがうかがえる点がいくつもある。前出のようなインタビューの他に、ユダヤ教徒の女性グループが襲撃現場を訪問し、犠牲者のため祈りを捧げた様子なども放送されている。

特に取り上げたいのは、前出の高等弁務官声明のように、フランスの報道では、「DAESH(ダーイシュ)」というアラビア語の略語が使われる頻度が圧倒的に多いということだ。ごくたまに「Etat Islamique」「Islamic State」を使用している時もあるが、ほとんどの場合、「ダーイシュ」が使われている。

ちなみに、シリア人が使用するのも、当然ながらアラビア語の「ダーイシュ」を使うのであって、彼らは「Islamic State」とは絶対に呼ばない。米国のケリー国務長官もインタビューなどでは「ダーイシュ」を使い、Islamic Stateとは発言していない。

筆者は日本に帰国して本屋に立寄った際に、そこら中にあふれる「イスラム国」という表記の洪水に、目眩がして倒れるかと思った。週刊誌も雑誌も特集を組み、そこら中に「イスラム国」という標記があふれているからだ。

日本では、マスコミ各社も申し合わせで「イスラム国」という表現を使わないようにしたのではなかったか?

「イスラム国」という表記に関してはイスラム教への誤解を増長する、あるいは「国」という単語を使うことで、独立した国が存在するかのような誤解を与えないために、マスコミ各社では「IS」あるいは「ISIS」「ISIL」を使うという合意に至ったのだと思っていたのだが、今回の事件を受け、巷にあふれる「イスラム国」という文字にショックを受けた。

マスコミ各社も今年度初めから記事中の初出ではイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)とし、2回目以降は IS とした。毎日新聞は「この変更が最善の表記という確信はないものの、「イスラム教の国」のように単純な誤解をされないよう工夫していきたい」としている

訳語を当てなければいいのだ。元々のアラビア語にはもちろん「イスラム」という単語は入るが、それが訳されていない限り、人々の記憶の中には、このグループとイスラムの関係は成り立ちづらくなる。「アルカイダ」は「アルカイダ」で定着した。もとの名前を無理矢理、訳すならば、アラビア語で「基地」という意味だった。

「アルカイダ」はすでに日本語として定着した。「基地」という訳語を当てている報道を私は見たことがない。それなのに、なぜ、このグループに訳語を使い続けているのだろうか?

「イスラム国」という表記にあたっては、今年初めに在日トルコ大使館も下記のような要望をマスコミ各社に寄せている。

「テロ集団を『イスラム国』と表現していることが非常に残念であり、誤解を招きかねない表現であると強く認識しています。テロ集団の名称として使われるこの表現によって、イスラム教、イスラム教徒そして世界のイスラム諸国について偏見が生じ、日本滞在のイスラム教徒がそれに悩まされています」

「いわば、これも一種の風評被害ではないかと思われます。平和を重んじるイスラム教の宗教名を汚すこの『イスラム国』という表記を、卑劣なテロ行為を繰り返す一集団の組織名としてどうか使用されないよう切に願います。(中略)このテロ組織に関する報道で誤解が生じない表現の仕方について是非検討いただき、イスラム教徒=悪人を連想させるようなことがないよう配慮いただきたいところです」

「過激派組織」という枕言葉をつけたとしても「イスラム国」という標記を使い続ける限り、人々の頭の中では「テロ=イスラム」という相関関係が残り続ける懸念はぬぐい去ることはできない。むしろ、それを強化することにつながらないかと懸念する。在日トルコ大使館の関係者と同じように、私も胸が痛くなった。

(おわり)

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。人口3千人という片田舎の出身だが、国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。美味しい中東料理が大好きで、食に関するアラビア語のボキャブラリーは豊富。