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【パリ無差別テロ】プーチンがリベンジ空爆しても「イスラム国」は生き残る

木村正人在英国際ジャーナリスト
エジプトのロシア機墜落 「爆弾で墜落」と露当局断定(写真:Kremlin/SPUTNIK/ロイター/アフロ)

[パリ発]ロシアのプーチン大統領は17日、エジプト・シナイ半島でロシア旅客機が墜落、乗員乗客224人が死亡した事件は、過激派組織「イスラム国(IS)」による爆破テロと事実上、断定した。パリ同時多発テロでも市民132人を殺害したISを壊滅するには、主要国の協力が必要との立場を鮮明にした。

ロシア機墜落で犯行声明を出したエジプトのIS関連組織「シナイ州」は2011年ごろから活動が確認され、勢力は700~1千人。モルシ大統領(当時)が追放された後は、政府や軍に対するテロで犯行声明を出している。組織力のある「シナイ州」が空港職員と内通し、機内に爆発物を持ち込んだシナリオは十分に考えられる。

一方、フランスのオランド大統領は、原子力空母シャルル・ドゴールをシリア沖の地中海に展開、対ISの空爆能力を3倍に強化する。16日夜から17日朝にかけ、軍兵士や警察官ら計11万5千人を動員して厳戒態勢を敷くとともに、国内128カ所を一斉に捜索した。

プーチン大統領は9月末にシリア空爆を開始、同国のアサド政権と反政府勢力の「縄張り」を確定させた。パリ同時多発テロは渡りに船。対ロシア強硬姿勢を打ち出す米国と違って、宥和的なフランスと手を組むことができれば「ポスト・アサド」の青写真を描きやすくなる。

ロシアが欧米諸国と足並みをそろえてISを空爆すれば、反政府勢力が勢いを増し、アサド退陣の圧力は必然的に強まる。プーチン大統領にとって、旧ソ連時代から続くシリアとの関係維持、つまりバース党支配の継続は絶対に譲れないレッドライン。

しかしアサド政権の支持勢力が縮小し、このレッドラインを割り込みそうになったため、プーチン大統領は「プランB」のシリア空爆を発動した。米軍は空中でロシア軍の攻撃機と不意に出くわすのを回避するため、それぞれ空爆を行う空域を確認。事実上の制空権が設定された形となり、それに伴って、地上での勢力範囲もほぼ確定された。

シナイ半島のロシア機墜落について「テロ」と断定するのをプーチン大統領がこれまで先送りしてきたのは、ロシアによるシリア空爆とロシア機墜落を関連付けられるのを嫌がったからだ。しかし、パリ同時多発テロでISを非難する国際世論が一気に高まった。

この絶好機を逃す手はない。14日、ウィーンで開かれた外相級のシリア和平協議では、今後半年の間に移行政権を成立させる合意が成立した。プーチン大統領が「IS」を名指しして徹底的な報復空爆に踏み切っても、ロシアのレッドラインであるバース党支配は保証される見通しが強くなっていた。

しかし、トルコやサウジアラビアがバース党支配の継続で納得するかどうかは別問題だ。さらに米国とロシアの軍事協力には非常に高いハードルが残されている。国際リスク分析会社IHSカントリー・リスクのアナ・ボイド中東分析部長に、IS壊滅で米露両国の軍事協力が実現するのか、直撃してみた。

――シリアのアサド大統領が今後6カ月の間に退陣することを条件に、米露両国が協力してIS空爆を行うことはできるでしょうか

「米露両国が軍事的に協力するには依然として多くの障害があります。アサド政権を支え続ける国と米国が協力することは政治的に難しいのです。たとえ仮にロシアがアサド大統領の退陣に向け圧力をかけることで同意したとしても、他のプレイヤーの同意がいるでしょう。シリアのバース党が大きな力を残したまま政権に留まるのに対して、トルコやサウジアラビアがイスラム教スンニ派の反政府勢力への資金提供や支援をやめるとは考えにくいのが現状です」

「米露両国による直接的な軍事協力を難しくしているファクターは他にもあります。双方とも機微に触れる情報を共有したいとは思っていないことです。なぜなら、そんなことをすれば軍事的な能力や情報収集能力の手の内を相手にさらけ出してしまうことになるからです。予期せぬ政治的な副作用がもたらされる恐れもあります」

「それゆえ、いかなる情報共有もケース・バイ・ケースで行われるとみられ、公の場で表明される政策とはならないのです」

――ISは米国とロシアの空爆を受けても生き残ることができるのでしょうか

「効率的な空爆を制限している主な要素は、米国やロシアの軍事的な能力というより、むしろ情報です。ISを効果的に空爆するためには、指導者がどこにいるのか、戦略的な資産がどこに位置しているのか、質の良い情報が必要です。それなしでは、いくら空爆の量を増やしても成果が期待できません。カギとなるIS戦士を殺害できないのに市民の巻き添え被害だけが膨らむという副作用が発生するだけです」

「ISは通常の軍事力(ゲリラやテロ組織としての性格も帯びているという意味)ではないという事実によって状況は一段と複雑になっています。ISは拠点や資産を散らばらせており、傍受されやすい電子的な通信に頼っていません。 ロシアやアサド政権がISの位置情報について米国より良い情報を持っているとは考えにくいでしょう」

「ISはたとえばイラク国内でゲリラとしての能力を一貫して誇示しています。ISの『首都』ラッカが空爆によって破壊されたとしてもISは再生することができるのです」

「ISはアサド政権やライバルのスンニ派反政府勢力を襲撃し、イラク国内で攻撃を仕掛けることができるのです。ゲリラ攻撃を行うために都市部にある基地を修復する必要はないのです」

――地上部隊を派兵せずに空爆だけで状況を変えることは可能でしょうか

「米国は国内ではすでに特殊部隊を展開しており、シリアに派兵するつもりだと表明しています。特殊部隊は情報収集を実行するために使われるでしょう。そして、おそらく米国が訓練した反政府勢力が戦場に赴く際、同行する可能性があります」

「しかしながら、シリアに通常の地上部隊を展開するシナリオは、膨大な犠牲者を出したイラク戦争を考えると、あり得ないでしょう。そんなことをすればシリアの主権を侵すことになり、米国は、ロシアが支援するアサド政権と正面衝突することになりかねません」

「シリアやロシアと協力する形でISを壊滅するため米軍の部隊を派兵するという選択肢は、米国にとってアサド政権の正統性を認めることになり、到底、受け入れられないでしょう」

ボイド部長が、IHSジェーンのマシュー・ヘンマン・テロリズム&反乱センター所長と出した分析は次の通りだ。

(1)パリへの攻撃はISが約1年かけ影響力を行使しようと試みてきた戦略的前進の大成功と解釈できる。

(2)まだはっきりしない部分が多いものの、攻撃者の計画や準備を援助するより広い作戦ネットワークが西欧に構築されていることを指し示すものが大きくなっている。

(3)ISは最近、軍事介入への世論の支持を突き崩し、社会の結束を崩壊させ、宗派抗争を利用するため、中東・北アフリカでの攻撃をエスカレートさせている。

(4)ISは有志連合による作戦が強化されたことを挑発している。これは世界終末戦争だというISのナラティブを支えるためだ。シリアとイラク国外でテロを実行するのは、カリフ国の領域を支配し続ける能力に対する制裁や通常兵力に対する圧力を分散させるためだ。

(5)ISは現在のレベルの空爆なら、おそらく生き延びることができる。意図的にISとシリアに関与しているさまざまな外国勢力との軍事的な対立を拡大させるため挑発を続けている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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