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プーチンのシリア空爆にやっと反応したオバマ 軍事顧問50人派遣で何が変わるのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
シベリア自然保護区で馬に乗るプーチン大統領(資料写真)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

毀損されたオバマのレガシー

オバマ米大統領が過激派組織「イスラム国(IS)」掃討のため軍事顧問団として米軍特殊部隊(50人未満)をシリアに派遣することを決めた。オバマ大統領はイラクにもIS掃討の軍事顧問団として3500人を展開させている。

イラクとアフガニスタンという2つの戦争からの撤退を外交・安全保障戦略の大きな柱に掲げてきたオバマ大統領。だが、9月末、ロシアのプーチン大統領がシリアのアサド政権を支えるため空爆など軍事介入したことで戦略の大転換を強いられた。

しかしマケイン上院軍事委員長(共和党)が「不十分な措置。オバマ大統領には現実的な戦略がない」と指摘するように、50人未満では遅すぎるし、小さすぎる。プーチン大統領の軍事介入に対し、アリバイ的に反応したと言われても仕方がない。

オバマ大統領のレガシー(遺産)を大きく損なったとしても、大勢にはまったく影響を与えないだろう。シリア情勢はプーチン大統領の絵図通り、少なくとも当面、アサド政権の存続を前提に、米露を軸にスンニ派のサウジアラビアやトルコ、シーア派のイランも加えて和平とIS掃討、地域の安定を協議する方向で動き始めている。

ロシア介入1カ月

プーチン大統領のシリア空爆開始から1カ月が経った。国際軍事情報会社IHSジェーンはロシア軍(赤色の二重丸)と米軍(青色の二重丸)の空爆マップを作成した。

ロシアのシリア空爆マップ(IHS提供)
ロシアのシリア空爆マップ(IHS提供)

黒いエリアがISの支配地域、青いエリアはスンニ派反政府勢力が支配する地域、黄緑色はアサド大統領の支配地域だ。赤色の二重丸を見ればスンニ派反政府勢力の支配地域に集中している。IHSジェーンのコロンブ・ストラック上級アナリストは次の4点を指摘する。

(1)ロシアとイランがシリア支援を強化することでアサド政権の基盤を下支えしている。

(2)ロシア空爆はIS掃討を優先課題にしておらず、ダマスカス、ホムス、ハマ、アレッポといったアサド政権の中心的な支配地域の状況を改善させるのが狙い。

(3)空爆マップはロシアと米国が主導する有志連合の空爆の狙いが明確に違うことを示している。

(4)ISがロシア空爆の主要なターゲットになるのは、スンニ派反政府勢力が交渉または軍事力によって中和化され、アサド大統領の立場が約束された後のことだ。

しかし例外が2つある。アレッポの空軍基地がISの手に落ちたらロシアの敗北が喧伝される恐れがあるため、ISに対するロシアの空爆が行われている。ISの進撃拠点になっているシリア中央部パルミアにも空爆は行われている。

先細りのアサド政権

ロシアとイランがここに来てシリア支援を強化させたのは、アサド大統領が政府軍の勢力を維持するのが難しくなっているためだ。アサド大統領の基盤は少数派のアラウィー派。内戦がさらに長引けばアラウィー派からの戦力補強は先細りとなり、多数派のスンニ派が優勢になるのは避けられない。

「ロシアもイランもアサド大統領にスンニ派の一部と和解するよう促すようになるとみています」とストラック上級アナリストは分析する。

米露両国、英独仏など欧州主要国、サウジ、トルコ、イラン、イラク、カタール、ヨルダンなど約20の各国外相級や関係機関が参加して30日、ウィーンで外相会議が開かれた。米欧、サウジ、トルコがアサド退陣を求めているのに対し、ロシアとイランは拒否しており、双方の溝は埋まっていない。

奏功するプーチン戦略

とにかく武力をテコにしたプーチン大統領の外交・安全保障戦略は短期的には功を奏している。(1)シリアという中東の拠点を維持する(2)米国と対等の国際プレイヤーとして振る舞う(3)軍事力を誇示する(4)米欧と交渉のテーブルにつき、ウクライナ危機をめぐる経済制裁解除の糸口をつくる――のがプーチン大統領の当面の狙いだ。

ロシアの軍事行動に対し後手後手に回るオバマ大統領と異なり、プーチン大統領は激しく動いている。

今年8月、黒海で海底調査船に乗り込むプーチン大統領(C)ロシア大統領府
今年8月、黒海で海底調査船に乗り込むプーチン大統領(C)ロシア大統領府

10月20、22日 海底資源が豊富な北極海・ロモノソフ海嶺の近くに建設中の恒久の軍事基地が間もなく完成すると発表。北極海に3つの新しい基地を建設しており、2018年までに軍を展開すると表明した。

22日、北方領土を含むクリル諸島に軍事基地をつくると発表。

22日、モルドバで親ロシア派の野党が親欧派の連立政権に対する不信任案を要求。

23日、ベラルーシ国防省が同国内にロシアの空軍基地をつくるという提案を拒否する一方で、北大西洋条約機構(NATO)がポーランドでプレゼンスを増した場合に備えてより効果的な対抗策を要求。

23日、シリア空爆の空域を調整するため、ロシア外相がヨルダンと協働メカニズムをつくると発表。

23日、ロシア外相が米国務長官とトルコ外相にエジプトイランをシリア和平交渉に加えるように要請。

26日、モンテネグロの首相が、同国内でロシアが反政府デモを組織していると批判。

27日、ロシアの国営軍需企業が、エジプトが望めばロシアはヘリ空母のためのヘリなど装備を提供するだろうと発言。

アフガニスタン反政府勢力の攻撃が活発化すれば、アフガンとタジキスタンの国境警備にロシアが乗り出すことも検討しているという。シリアだけに目を奪われていてはいけない。レームダック(死に体)となったオバマ大統領を尻目にプーチン大統領は力の均衡を変えようとしている。旧ソ連の支配下にあった諸国はプーチン大統領の硬軟織り交ぜた外交・安全保障戦略に揺さぶられ、その手中に落ちる恐れが急速に膨らんでいる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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