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積極的平和主義が芽吹く 日本も支援したチュニジアの国民対話にノーベル平和賞

木村正人在英国際ジャーナリスト
ノーベル平和賞 チュニジア国民対話組織に (2013年9月資料写真)(写真:ロイター/アフロ)

ノーベル平和賞の予想で定評があるノルウェーの公共放送局NRKは昨年、平和賞の最有力候補として「アラブの春」を成功に導いたチュニジアのモンセフ・マルズーキ大統領(当時)と労働組合を挙げたが、今年、ノーベル賞委員会は「2011年のジャスミン革命をきっかけに多元的民主主義の構築に決定的な貢献をした」として「チュニジア国民対話カルテット」に平和賞を授けることを決めた。

暗殺や社会不安で民主化プロセスが崩壊し、チュニジアが内戦の瀬戸際に追い込まれた2013年夏にカルテットはつくられた。カルテットの4者とはチュニジアの市民社会を形成する労働総同盟(UGTT)、産業・商業・工芸同盟(UTICA)、人権連盟(LTDH)、弁護士会。

チュニジア中部で2010年12月、失業中の男性が抗議の焼身自殺を図ったことを引き金に反政府デモが一気に拡大。終身大統領のベンアリ氏が翌11年1月、サウジアラビアに出国し、23年続いた政権は崩壊した。「アラブの春」と呼ばれる中東民主化運動の発端となった。

チュニジアでは制憲議会選が行われ、マルズーキ氏が大統領に選ばれた。フランスに留学して医師になったマルズーキ氏は祖国に帰国後、人権運動を進め、何度も弾圧を受けてきた。世俗主義・リベラル勢力のまとめ役として「ジャスミン革命」に参加する。

13年5月に日本記者クラブで会見した際、マルズーキ氏は「ジャスミン革命は国民が主役だった。ソーシャルメディアの力を借りた革命だった」と振り返っている。

その年、野党「民主愛国主義者運動」のベライード党首と野党「人民運動」のブラヒミ制憲国民議会議員が相次いで暗殺され、チュニジアの民主化プロセスは他の中東・北アフリカ諸国と同様に崩壊の危機に瀕していた。

しかし、穏健派イスラム政党「エンナハダ」とそれ以外の世俗派政党の対話をカルテットを中心とした市民社会が粘り強く後押しし、14年1月に独裁への逆戻りを許さない歴史的な新憲法の署名にこぎつけた。

翌2月に男女同権や基本的人権の尊重をうたった新憲法が制定され、10月に人民代表議会選挙、11月と12月に大統領選挙が行われた。今年2月には新政権が発足し、「アラブの春」を経験した中東・北アフリカの国々の中では初めて民主化プロセスを完了させた。

「アラブの春」で、リビアやシリアでは内戦が激化。シリアやイラクで過激派組織「イスラム国」の台頭を招き、大量の難民を発生させる事態に陥っている。エジプトは軍事政権に逆戻りした。民主化プロセスを完成させたチュニジアは唯一の「希望の光」だ。その中心に、今回、平和賞が授賞されたカルテットがいる。

日本の国際協力機構(JICA)は4年間にわたってチュニジアの民主化プロセスを支援してきた。チュニジア政府高官を日本に招いてガバナンス向上研修を実施したり、政治腐敗を撲滅するための方策を議論したりした。

南北格差を是正するため、南部の零細漁民の生計向上を目指すプロジェクト、南部内陸部を対象とした観光プロモーション・プロジェクトのほか、高速道路建設やオアシス地域の灌漑にも取り組んでいる。リビア政変で避難民を多く受け入れた地域の支援にも力を入れている。

国連開発計画(UNDP)は日本政府より760万ドル(約9億1300万円)の支援を受け「チュニジアにおける国民対話と制憲プロセス支援プロジェクト」を実施した。日本を中心にベルギーなど欧州諸国の援助を受け、制憲国民議会や市民社会に対し支援を行ってきた。

ノーベル賞委員会は授賞理由として(1)最善の国益を実現するため、イスラム主義者と世俗的な政治運動が協働できる(2)民主化プロセスにおいて市民社会の制度や組織が決定的な役割を果せる――ことを証明したとしている。

しかし民主化の道は平坦ではない。チュニジアの首都チュニスのバルド国立博物館では今年3月、外国人観光客が武装した男2人組に襲撃され、22人が死亡した。6月には中部の保養地スースで起きた銃撃テロで39人が殺害されている。

失業問題や社会格差が放置されれば、イスラム過激思想に共鳴するテロリスト予備軍が増殖し、民主化プロセスが逆戻りする火種もくすぶっている。平和賞には時計の針を逆戻りさせず、中東・北アフリカで前に進めようという願いが込められている。

安倍晋三首相は歴史問題や軍事面ばかりを強調せず、中東・北アフリカの平和と安全、民主化プロセスを後押しする建設的な積極的平和主義にもっと力を注ぐべきだ。それが日本の正しい姿だと思う。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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