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難民を制圧するハンガリーの警官隊 冷戦より冷たい「ベルリンの壁」【難民危機】

木村正人在英国際ジャーナリスト
ハンガリー国境で衝突 警察が移民に催涙ガス使用(写真:ロイター/アフロ)

[アテネ発]欧州連合(EU)加盟国のハンガリー・ロスケと非加盟のセルビア・ホルゴシュをつなぐ国境検問所で16日、数百人のシリア難民らが金網を突破して警官隊と衝突。警官隊が催涙ガスと放水銃を使用する事態に発展した。

ハンガリー治安当局によると、少なくとも警官20人と子供2人が負傷。「テロリスト」(当局発表)1人を含む29人を拘束した。

ハンガリーはセルビアとの国境に、高さ3.5メートル、全長175キロのカミソリ有刺鉄線フェンスを建設中だ。10月までに完成させるという。今度はルーマニア(EU加盟国)との国境にもフェンスを延長しようとしている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ハンガリーの難民認定者らは昨年12月時点で1万8675人。それが今月14日の1日だけで9千人が流入するなど今年に入って計19万人の難民がハンガリーに押し寄せている。

15日には、セルビア国境で新たに難民登録の申請を行う者を自動的に追い返す一方で、無断で国境を越えようとした者を拘束し、犯罪者として訴追できる法律を議会で成立させた。

8月には1千人以上の国境警備隊の設置を決定。状況がさらに悪化すれば軍を投入する考えも示している。ハンガリー南部ロスケの難民登録センターでは同月に、手続きの遅れと指紋採取に憤慨した約200人の難民に対して、すでに催涙ガスを使用していた。

難民に交じって旧ユーゴ諸国のボスニア、マケドニア、アルバニアといった「安全国」から「経済難民」が大量に流入するのをEUが恐れていることが背景にある。オルバン首相はシェンゲン領域の最前線国として国境管理の義務を果たしているだけだと催涙ガスや放水銃の使用を正当化している。

これに対して、UNHCRのグテレス高等弁務官は「ハンガリー政府に対して、法的、道義的な義務に基づき、保護を求める難民に無制限のアクセスを保障するよう要請している」との声明を発表。

さらに「国境管理は政治亡命の権利を保障する国際法、EU法に基づいて運用されるべきだ。政治亡命を求めて国境を越えるのは犯罪ではない」とハンガリーのオルバン首相の対応を厳しく批判した。

セルビアのタンユグ通信元東京特派員ミレンコビッチ氏(筆者撮影)
セルビアのタンユグ通信元東京特派員ミレンコビッチ氏(筆者撮影)

セルビアのタンユグ通信元東京特派員で現出版社社長、ドラガン・ミレンコビッチ氏=ベオグラード在住=にアテネから電話を入れた。ベテラン・ジャーナリストのミレンコビッチ氏はセルビア切っての知日派で、筆者はこれまで何回かバルカン半島の取材でお世話になっている。

――16日にハンガリーとセルビアの国境で難民と警官隊が衝突しました

「セルビアのTVカメラマンら3人もすごいケガをしました。難民が1回、2回とフェンスを突破しましたが、ハンガリーの警官隊によってセルビア側に押し返されました。一度でもハンガリー国境を越えればシェンゲン協定の権利が認められると、子供をフェンス越しにセルビア側からハンガリー側に投げ入れた難民もいます」

「セルビア側にも催涙ガスが撃ち込まれました。ハンガリーは難民を入れたくないのです。ハンガリーはシェンゲン協定に入っているので、いったん入国すればあとは自由にシェンゲン領域内を移動できます。ブルガリアやルーマニアはまだ移動の自由が認められていません。難民がハンガリーを目指すのはシェンゲン協定国であり、歩いて一番近いからです」

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成

「ハンガリーでは極右勢力が強くなっており、肌の色や宗教が違う人々があまり好きじゃないのです。だから新しい法律を作りました。EUのルールではなくて、自分たちで特別にチェックできる厳しい法律を15日に議会で成立させました。これを受けて難民はハンガリー・ルートからクロアチア・ルートに切り替えているようです」

(注)シェンゲン協定

出典:ウィキペディア「シェンゲン協定」
出典:ウィキペディア「シェンゲン協定」

1985年にルクセンブルク・シェンゲンで仏独、ベネルクス三国の5カ国が署名した「共通国境管理の漸進的撤廃に関する協定」と90年の「シェンゲン実施協定」。現在はEU加盟国中、22カ国が参加(青色)。EU非加盟のノルウェー、アイスランド、スイス、リヒテンシュタインも参加している(黄緑色)。黄色は将来的にシェンゲン協定に参加することになっているEU加盟国(クロアチアはこの中に含まれている)。

――最近、一部のメディアが『Refugee』ではなく、『Migrant』という言葉を使い始めています

「EUや一部の欧米メディアは『難民(Refugee)』ではなく、『移民、移住者、移動する人(Migrant)』という言葉を使い始めています。『難民』だとEUはお金を出したり、仕事をさせたりするなど助けないといけませんが、単なる『移動する人』なら助ける必要はありません。ジプシー(ロマ)と同じです。今、そういう政治的なゲームが始まっています」

「義務的な難民受け入れ割当制に反対しているポーランドやハンガリー、チェコ、スロバキアはEUや他の大きな国から何かしてもらうのには慣れていますが、自分が何かするのにはまだ慣れていません」

「メルケル首相は難民受け入れを表明して国際的に評価されましたが、ドイツは裏でハンガリーやクロアチアに対して、これ以上の難民を入れないよう言っているとの見方も出ています。何人ぐらい入れて良いのか考えているのです。この騒ぎを利用して中東・北アフリカからの移民が大量に欧州に入り込もうとしているのも事実です」

「難民にとってはドイツでアルバイトをもらうのは楽です。フランスより英国の方が仕事がしやすい。だから難民はドイツ、スウェーデンなど北欧諸国、そして英国を目指しています。シリアからの難民はスマートフォンを所有するなどミドルクラスが増えています。トラックの積み荷に潜り込むため500ユーロを支払うなど、すごくお金を使っています。難民は移動する前にかなり情報を調べています」

――シェンゲン協定がだんだん崩れているように感じますが

「EUの形はどんどん崩れています。シェンゲン領域内でも国境の管理を強化しており、シェンゲン協定は完全になくなりました。シェンゲン協定は単一通貨ユーロと並んでEU、欧州統合の象徴です。ベルリンの壁が崩壊してEUが誕生しましたが、今もっと大きなベルリンの壁ができている感じです」

「シェンゲン協定の地位がまだ認められていないクロアチアも数千人の難民を受け入れるようです。セルビアにも1万人から2万人が入ってきます。ベオグラードの公園で寝ている難民もいますが、彼らはセルビアの難民キャンプに入ることを望んでいません」

「1990年代のユーゴ内戦で約200万人が難民になりました。セルビアは自分も困った経験があるから、できる限りのことはやろうとしています。しかし難民にとってセルビアは通過点に過ぎず、1~2日休んですぐに動くといった感じです」

「日本の大使館関係者に『日本政府は何かするの』と尋ねると、『総理から何も言われていない』という返事でした。青年海外協力隊(JICA)が動くのではないかとみています」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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