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【難民危機ルポ】穏やかなエーゲ海で今日も22人が溺れ死んだ

木村正人在英国際ジャーナリスト
トルコ・ボドルム港で保護されたシリア難民(筆者撮影)

沈没した木造船

[トルコ・ボドルム発]15日未明、ギリシャ・コス島の埠頭にボートが漂着した。筆者が埠頭に入ろうとするとギリシャ軍の兵士に呼び止められた。ボート難民は簡単なメディカル・チェックを済ませた後、難民登録の申請を受け付ける警察署に向かって歩き始めた。

ギリシャ・コス島の埠頭に漂着した難民のボート(筆者撮影)
ギリシャ・コス島の埠頭に漂着した難民のボート(筆者撮影)

午前9時、クルド人のシリア難民アラン・クルディ君(3歳)の遺体が打ち上げられたトルコ南部のボドルム港への連絡船に乗った。料金は往復で15ユーロ(約2千円)。ボート難民はボドルムからコス島への、命の保証がない文字通りの片道切符に対して1人つき1千ユーロ(約13万5千円)を支払っている。

連絡船の所要時間は1時間余。底は急ごしらえのベニヤ板という難民たちのゴムボートは4時間から、ときには7時間かかる。この日のエーゲ海は本当に穏やかだった。にもかかわらず、地元メディアによると、ボドルム港に近いエーゲ海で難民を乗せた全長20メートルの木造船が沈み、少なくとも22人が死亡した。

トルコ南西部の半島沖で約200人がトルコの沿岸警備隊に救助された。連絡船はリゾート地ボドルム港への日帰り観光を楽しむための旅行客で満員だった。足の指の間まで日焼けした女性の姿を見ていると、死ぬことでしか自由になれなかった難民たちとの落差に耐え切れなくなる。

13日の日曜日には赤ん坊や子供15人を含む34人の難民が命を落とした。トルコからギリシャに向かうエーゲ海でこの数日間に最大で計72人が死亡したという。

陰も曇りもないリゾートビーチ

アラン君の遺体が打ち上げられたアクヤラール・ビーチはボドルム港から西へタクシーを飛ばして約40分のところにあった。ビーチでは「ブルキニ」と呼ばれる水着で全身を覆ったイスラム女性と男性のグループ、少年たちが海水浴を楽しんでいた。

アラン君の遺体が打ち上げられたアクヤラール・ビーチ(筆者撮影)
アラン君の遺体が打ち上げられたアクヤラール・ビーチ(筆者撮影)

まぶし過ぎる太陽と、どこまでも青い空、エメラルドグリーンのエーゲ海に映える白い帆の一団が水平線を走る。陰も曇りも感じさせない。すぐ近くにあるレストランのクルド人店員トゥラン・デミルさん(39)は「レストランが開店するのは午後1時。だから早朝に発見されたアラン君の事件にはまったく気づきませんでした」と話す。

「ここの海岸が一番、ギリシャのコス島に近いのです。だから欧州に逃れることを望む難民たちが4カ月前からやってくるようになりました。ボート難民の密航ルートです。でもアラン君の事件後、治安部隊のパトロールが厳しくなり、このビーチ周辺の密航件数は劇的に減りました」

ボドルム港で旅行案内所のガイド、タクシー運転手、レストランの店員の誰に聞いても「アラン(トルコ語ではアイラン)・クルディ」君の名前を知らない人はいなかった。タクシー運転手のチタン・カイヤさん(48)は「あんなに幼い子が亡くなった。悲しいね。国際的に大きなニュースになったから、トルコの人はみんな知っているよ」と表情を曇らせた。

ボドルム港に係留された超豪華クルーザー(筆者撮影)
ボドルム港に係留された超豪華クルーザー(筆者撮影)

ボドルム港には本当にたくさんの超豪華クルーザーが係留されている。ヨットの管理人の1人は「その数、千隻は下らないと思います」という。コス島にもクルーザーが繋がれていたが、そのスケールは比較にならないほど、ボドルム港が圧倒している。人気俳優アラン・ドロンが主演した大ヒット映画『太陽がいっぱい』を地で行く世界が目の前に広がっていた。

街にあふれる「月星章旗」

街にはトルコの国旗があふれていた。赤地に白の三日月と五芒星を配した「月星章旗」が車のボンネット、ガソリンスタンド、携帯電話販売店、バイク店の店頭、住宅の窓、広場、山のてっぺんにまで掲げられている。「共和国建国の父」で、初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの若き日の肖像も掲揚されている。

街中にあふれるトルコ国旗とアタテュルクの肖像(筆者撮影)
街中にあふれるトルコ国旗とアタテュルクの肖像(筆者撮影)

シリア北部にあるクルド人の町コバニが過激派組織「イスラム国」に攻撃された際、トルコ政府は見て見ぬふりをした。これに怒ったクルド人武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)はトルコ政府との停戦を破棄。互いに攻撃を再開し、軍、民間に多数の犠牲者を出した。

「月星章旗」の掲揚はトルコ側犠牲者への弔意と団結を示すためだ。前出のクルド人レストラン店員デミルさんは「トルコ人の店員とも非常に仲が良いのに、街にあふれるトルコ国旗はクルド人を排斥しているようで複雑な気持ちになる」という。

支持失うエルドアン大統領

約13年間単独政権を維持してきた与党・公正発展党(AKP)は6月の総選挙で初めて過半数を割った。2009年第2四半期には6.7%あった経済成長率も直近では1.3%まで低下している。11月に今年2度目の総選挙が行われる。エルドアン大統領は過半数の回復を期待するが、ボドルムでの評判は散々だ。

話を聞いたタクシー運転手の全員がAKPではなく、野党の共和人民党に投票するという。年金生活者のネチデット・チェリクハンさん(76)は「AKPはトルコ西部では勝てないだろう。エルドアン大統領は13年間に独裁者のようになってしまった」という。

治安警察に連行される難民ボートの首謀者とみられる男性(筆者撮影)
治安警察に連行される難民ボートの首謀者とみられる男性(筆者撮影)

ボドルム港の船着場で治安部隊に保護された30人ほどの難民に出くわした。首謀者とみられる若い男だけが別に連行されていった。出入国管理局のバスに家族連れや子供が次々と乗せられていく。トルコが受け入れた難民はすでに200万人を突破したとも言われている。

難民問題はそれぞれの国内事情に翻弄されている。隣り合わせた英国の男性旅行者が言った。「悲しいけれど、これがどうしようもない現実だ」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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