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アベノミクス3年の通信簿

木村正人在英国際ジャーナリスト
日経平均が急反発 上げ幅1343円は過去6番目(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

FT紙が「成長戦略」を採点

安倍晋三首相が自民党総裁に無投票で再選された。任期は3年。2012年9月にダークホースだった安倍首相が自民党総裁選への出馬を表明してから、はや約3年。金融緩和、財政出動、成長戦略という3本の矢からなる経済政策アベノミクス。カギを握る成長戦略はどこまで進んでいるのか、英紙フィナンシャル・タイムズが採点している。

国家戦略特区諮問会議で発言する安倍首相(C)首相官邸
国家戦略特区諮問会議で発言する安倍首相(C)首相官邸

(1)農業 A-

安倍首相最大の功績の1つ。強力な既得権益を打ち破る。これから環太平洋経済連携協定(TPP)を締結し、農業の生産性をあげられるかがポイント。

(2)エネルギー B

世界で最も高い消費者向けエネルギーコストを引き下げる取り組みを示す。鹿児島県の川内原発を再稼働。

(3)税制改革 C

法人税を34.62%から32.11%に引き下げ。来年には31.33%に。しかし経済協力開発機構(OECD)加盟国の中ではまだまだ高い。

(4)ウーマノミクス B+

女性の就業率は史上最高の65%に。しかし女性をパートタイムで雇うことは、「ガラスの天井」を打ち破るより簡単。

(5)企業統治 A

株式への配当や社外取締役を増やし始めている。

(6)国家戦略特区 B-

方向性は良いが、時間がかかる。地域を絞って子育てや介護のため外国人メイドを受け入れる動き。

(7)移民 C-

まだまだハードルが高い。

(8)労働市場改革 D

生産性を上げるためには重要。が、数少ない労働市場改革の1つだった「脱時間給」制度(ホワイトカラー・エクゼンプション)の新設を盛り込んだ労働基準法改正案を断念。

日経株価8638円から一時2万403円に

アベノミクス最大の武器は、長期国債の保有残高が年間約80兆円増加するように購入を進める日銀の異次元緩和だ。日銀の国債保有残高はすでに300兆円を突破した。

日銀は指数連動型上場投資信託受益権(ETF)や不動産投資法人投資口(J-REIT)も購入。このため、株や都市部の不動産はバブルの様相を呈している。日経平均株価は2012年6月の8638円から15年6月には2万円を突破した。

出典:Yahoo! Finance 日経平均株価の推移
出典:Yahoo! Finance 日経平均株価の推移

有効求人倍率も安倍政権発足直後の0.84倍から1.21倍に改善している。人手不足と人件費、建設資材の高騰で建設・土木業界では供給制約が顕著になり、公共事業という財政出動の効果が疑わしくなっている。

出典:厚労省「一般職業紹介状況」
出典:厚労省「一般職業紹介状況」

訪日外国人621万9千人から1341万4千人に

出典:日本政府観光局
出典:日本政府観光局

訪日外国人は、東日本大震災と福島第1原発事故のあった11年に621万9千人(前年比27.8%減)となったが、14年には過去最高の1341万4千人に達した。今年7月には単月最高の192万人を記録し、1~7月の累計で1100万人を突破した。

対ドルだけでなく、中国の人民元に対しても円安が急激に進み、中国人観光客の「爆買い」で国内消費も潤っている。

企業は過去最高益

出典:財務省「法人企業統計」
出典:財務省「法人企業統計」

企業の経常利益も安倍政権が発足してから加速的に膨らんでいる。11年度は43兆7275億円だったが、14年度には64兆5861億円と1.47倍にハネ上がった。円安で輸出企業が潤ったのが大きな理由だ。

出典:財務省「法人企業統計」
出典:財務省「法人企業統計」

これに伴って設備投資も11年度の33兆3165億円から14年度の39兆8228億円に増えている。しかし増加率は1.19倍にとどまり、経常利益ほどには設備投資が増えていないことをうかがわせる。

低迷する実質賃金

実質賃金は今年7月の速報で対前年同月比で実に25カ月ぶりにプラス(0.3%)に転じたものの、ずっとマイナスが続いていた。

出典:厚労省「毎月勤労統計」
出典:厚労省「毎月勤労統計」

上の赤い折れ線グラフは10年平均を100とした実質賃金指数だが、グラフがハネ上がっているボーナス月を除いて低迷していることがわかる。収入が安定していた正規雇用の「団塊の世代」が定年を迎え、非正規雇用で低賃金の若者や女性、高齢者がその穴を埋めているためだ。

消費支出は14年4月に消費税率が5%から8%に引き上げられたことを受け、ドーンと落ち込んだ。安倍首相は「我々は再来年(17年4月)消費税を10%に上げる」と明言するが、悩ましい問題だ。

先伸ばしすれば財政への信頼が揺らぎ、長期金利が上昇する恐れがある。かと言って消費税率アップで再び消費が落ち込むのは回避したい。消費税率引き上げの際、年金生活者や低所得層への配慮は避けられないだろう。

出典:総務省「家計調査」
出典:総務省「家計調査」

究極の「円安」政策

アベノミクスの正体は究極の「円安」政策である。11年10月の1ドル=75.92円から今年8月には一時、125円前後まで円安が進んだ。日本の名目国内総生産(GDP)を円ベース(下の青い折れ線グラフ、左軸)とドルベース(オレンジ色の折れ線グラフ、右軸)で比べてみるとその違いは明らかだ。ドルベースで見た名目GDPは下がり続けている。

出典:IMFデータ
出典:IMFデータ

日本では少子高齢化が加速し、将来の国内消費が期待できない。企業は海外でのM&A(合併・買収)を進めている。これでは企業の経常収支は増えても、国内経済への恩恵は限定的だ。

正規雇用と非正規雇用の格差を縮めるよう労働市場の改革を進めるとともに、女性の「ガラスの天井」を取り除く。子育て・介護支援を充実させて、女性が働きやすい環境をつくる。男性の長時間労働や単身赴任を見直し、女性と家事・子育て・介護を分担する。

人手不足を補うためサービス産業をIT化し、設備投資を促す。賃上げと国内への設備投資が進まなければ、景気の好循環は生まれない。曲がり角を迎えた中国経済がハードランディングすれば日本経済も影響は免れない。アベノミクスはこれからの3年がまさしく「正念場」だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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