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「日本一小さな酒蔵」が世界に挑戦 欧州でもジワリ日本酒人気

木村正人在英国際ジャーナリスト
「酒文化」輸出へ 新たな観光資源化狙う(写真:ロイター/アフロ)

チーズやタパスにも合う日本酒

ロンドンで9月6~8日の日程で開催されている「スペシャリティー&ファイン・フード・フェア(SFFF)2015」に日本の蔵元や清酒メーカー28社の日本酒が出展され、「ジャパニーズ・サケは面白い」と予想を上回る注目を集めている。

サッカー元日本代表の中田英寿さんも五輪やサッカー・ワールドカップ(W杯)、万博など世界的なイベントが開かれるたび、現地に日本酒バーを期間限定でオープンし、日本酒を通じて日本文化の普及に努めている。

ロンドンのSFFFへの出展は昨年に続いて今年が2回目。全国商工会連合会がイタリア・ミラノの「ジャパンサローネ」(8月)、ドイツ・ベルリンの「バー・コンベント・ベルリン」(10月)と連続して企画したものだ。

ミラノの「ジャパンサローネ」では「日本酒はチーズや生ハムにも合う」と評判になった。ロンドンでもスペイン料理店でタパスと組み合わせた試飲会を開いたところ、高級百貨店ハロッズ、有名レストラン、サボイホテルのレストランからバイヤーが駆けつけ、異様な熱気に包まれた。

「日本酒はまろやかで伝統があります。日本酒自体が面白ければ、味わってみようと思う人は増えます。同じ土地で同じ酒米と水を使っても、作り手が異なれば味が違います。それが日本酒の面白さです」

サケソムリエの英国人ジョナサン・ビーグルさん(右端、筆者撮影)
サケソムリエの英国人ジョナサン・ビーグルさん(右端、筆者撮影)

ワインソムリエになったあと日本酒の味わいに惹かれてサケソムリエになった英国人のジョナサン・ビーグルさん(30)はこう言って、日本酒の入った小さなカップを傾けた。

「今度、イタリアのワインソムリエにサケソムリエについて教えることになりました。日本酒を広める大きなチャンスです。ワインを極めようと思ったら、日本のサケも含めていろいろ知らなければなりません」

飲みたくても手に入らない秘酒

自称「日本一小さな酒蔵」として知られる「杉原酒造」(岐阜県)の特別純米酒「射美(いび)」を試飲させてもらった。優しい甘みとやわらかな酸味が口の中に広がる。杉原酒造は明治25年の創立だが、1升ビンで年6千本しか作っていない。「射美」は飲みたくても手に入らない日本酒として人気を集める。

自称「日本一小さな酒蔵」がつくる秘酒「射美」(筆者撮影)
自称「日本一小さな酒蔵」がつくる秘酒「射美」(筆者撮影)

青年海外協力隊でミクロネシアに派遣された杉原慶樹さん(39)が日本に戻って5代目となり、4代目の両親と3人で酒蔵を切り盛りしている。「揖斐川の伏流水を使って地元の酒米で日本酒を作りたい」。杉原さんは地元農家と県農業試験場の研究者と協力し、酒米『揖斐の誉』を開発することから始めた。

杉原酒造は機械化せずに手作りでこじんまりとやってきた。清酒業界は国内の消費低迷に苦しみ、設備投資分を回収できなかったメーカーは次々と倒産した。

杉原酒造の海外事業を担当している米山佳子さんは「『射美』は秘酒として30代、40代の男女に人気があります。ロンドンでは芸術品と同じように創造性を理解して自分の感想を言ってくれる人が多いので話を聞いていて面白いです」と話す。

海外でも秘酒『射美』を売り込もうというのは、青年海外協力隊で活動経験がある5代目の発案だ。岐阜県にこだわり、世界に挑む。年間の製造量を現在の6千本から8千本、1万2千本と増やしていくのが夢だ。

「金紋秋田酒造」(秋田県)の上野建太郎・経営企画室長は「海外での日本酒需要は米国、韓国、香港、台湾、中国がトップ5です。パリやロンドンでは日本酒についてそこそこベースはあります。欧州でも需要は高まっていて、円安は追い風になります」と意気込む。

低迷する日本酒の国内消費

日本酒(清酒)の消費は国内で低迷している。少子高齢化でアルコール類を飲む人口が減っている上、清酒を好んで飲む人は若者より高齢者に多い。杜氏など酒造りに関わる人が高齢化し、後継者難も深刻だ。公益社団法人「米穀安定供給確保支援機構」の資料を見てみよう。

出典:米穀安定供給確保支援機構、単位は千kl
出典:米穀安定供給確保支援機構、単位は千kl

酒類全体の消費は平成6~8年をピークに頭打ちになり、少しずつ減少。日本酒(清酒、一番下の青色の部分)は焼酎やリキュールに押され、40年前に比べると消費量は3分の1に激減している。その中で、輸出だけが下のグラフのように右肩上がりに伸びている。

出典:国税庁
出典:国税庁

海外に活路

日本酒の消費量に占める輸出の割合は3%弱とまだ知れているが、日本酒業界は海外に活路を見出そうとしている。

「欧州では中国料理店で熱燗にして出しているサケが日本酒だという間違ったイメージが定着しています。まず、本物の日本酒の味わいを知ってもらう必要があります。欧州での消費を拡大していくには現地の素材と売らなければ」

こう話すのは三菱UFJリサーチ&コンサルティングの川上龍雄国際営業部長だ。

「お刺身には吟醸や大吟醸が合います。しかし肉やチーズには吟醸では味が足りない。山廃造りや特別純米を合わせるといった工夫が要ります。日本酒はパルメザン・チーズや生ハム、キャビアやチョコレートにも合いますから、チャンスはあります」

ロンドンで毎年、開かれている世界最大級のワイン品評会、インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)では今年、日本酒部門の今年の最優秀賞「チャンピオン・サケ」に、ほまれ酒造(福島県)の純米大吟醸酒「会津ほまれ」が選ばれている。

日本酒と日本の生き残りをかけた戦いが始まっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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