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次の70年、第2のヒロシマ、ナガサキを防げるか

木村正人在英国際ジャーナリスト

広島への原爆投下から70年を迎えた8月6日、安倍晋三首相は平和祈念式典に出席し、「わが国は唯一の戦争被爆国として、現実的で実践的な取組を着実に積み重ねていくことにより、『核兵器のない世界』を実現する重要な使命があります」とあいさつした。

広島の平和祈念式典であいさつする安倍首相(首相官邸HPより)
広島の平和祈念式典であいさつする安倍首相(首相官邸HPより)

しかし悲しいかな、核兵器使用の危険性は高まっているのが国際社会の冷徹な現実だ。

リチャード・ハース米外交問題評議会 (CFR)会長が6日、英紙フィナンシャル・タイムズ電子版に「さらなるヒロシマを見ることなしに次の70年を過ごすことができたとしたら、我々は幸運だ」と題して寄稿している。

パウエル米国務長官(2001~05年)のアドバイザーを務め、核問題の世界的な権威として知られるハース会長は「核兵器を使用する可能性は増しており、今後も上昇するとみられる」と警鐘を鳴らしている。現在、核保有国は9カ国だ。

国連安全保障理事会の常任理事国である米国、ロシア、フランス、中国、英国の5カ国(P5)。さらに核拡散防止条約(NPT)に未加盟または脱退したパキスタン、インド、イスラエル、北朝鮮の4カ国だ。

SIPRIデータより筆者作成
SIPRIデータより筆者作成

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計によると、ロシアが2014年から500個減らして7500個。米国も40個減らして7260個。10年前に比べ米露両国の核削減のペースは遅くなっている。英国も10個減の215個。

その一方で中国は10個増やして260個保有している(いずれも推定)。

同

核弾頭の数は減っているのに、核兵器使用の恐れが増しているのはなぜだろう。

米露両国は核兵器を削減する一方で、近代化に取り組んでいる。インドとパキスタンは核兵器の製造能力を拡大し、核弾頭を搭載できるミサイルを開発している。北朝鮮も核兵器開発プログラムを進めている。

SIPRIのShannon Kile上級研究員は「核軍縮を優先することへの国際的な関心が新たにされているにもかかわらず、核保有国で核兵器の近代化プログラムが進んでいるということは、どの国も近い将来、核兵器の保有をあきらめることはないということだ」と語る。

ロシアのプーチン大統領は、ウクライナからクリミア半島を併合した際、核兵器の使用を準備していことを明らかにした。

CFRのハース会長はFT紙への寄稿で「プーチン大統領と米国の間に政治的な違いがあったとしても、核兵器使用のレベルは上がらない。それよりも怖いのはロシア国内で政治の不安定性が増し、テロリストグループが核爆発装置を支配下に置くことだ」と指摘している。

ウクライナは旧ソ連が崩壊したとき、世界第3位の核兵器を保有していた。その後、核兵器はロシアに移送されるなどし、ウクライナは核保有国ではなくなった。しかし、ロシアにクリミアを一方的に編入され、ウクライナ東部にも介入される事態を招いてしまった。

より危険なのは国連安保理のP5より、核保有の新規参入組だとハース会長は言う。

北朝鮮は体制の存続と威信をかけて核兵器と弾道ミサイルの開発を進めている。しかし内部崩壊した場合、自暴自棄になった金正恩第1書記が核兵器使用の誘惑にかられるというシナリオは否定できない。

インドに対して劣勢を強いられるパキスタンは通常兵器の差を埋めるため核兵器への依存を強めている。インドと米国の原子力協定(民生用原子力協力)に対抗するように、パキスタンも原発事業で中国の支援を受けている。

政治的に不安定なパキスタンでは核兵器がイスラム過激派の手にわたるという悪夢も想定して安全対策を講じておかなければならない。インドとパキスタン、中国の複雑な三角関係が軍拡レースを引き起こす恐れもある。

イランと欧米など6カ国は7月14日、イランの核開発を長期間、制限する代わりに経済制裁を段階的に解除することで最終合意した。「歴史的な合意」との評価がある一方で、イランに核兵器開発を断念させるものではなく「核兵器開発に時間がかかるようになっただけで、不完全な内容」という厳しい見方もある。

イランが認められた範囲で核開発を進めようと、サウジアラビアやトルコ、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)といった国々が後を追う中東ドミノ・シナリオも想定内だ。シリア、イラクで台頭し、世界中にネットワークを広げる過激派組織「イスラム国」の脅威もある。

戦後70年、中国の経済的・軍事的な台頭と米国の停滞で、世界の安全保障のバランスは大きく変わろうとしている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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