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21世紀の情報発信で社会が変わる、民主主義が変わる

木村正人在英国際ジャーナリスト

ルール・オブ・サード

ロンドンにある特派員の溜まり場「フロントライン・クラブ」でスマートフォン(多機能携帯電話)を使ったジャーナリズムのワークショップが開かれたので参加した。

「まずライトニングに気をつけて、光の入射角に対して真っ直ぐ被写体を立たせてはいけないよ。角度は45度ぐらいがいいよ。その次はルール・オブ・サードに気をつけて」

英紙ガーディアンでオンライン・ジャーナリズムを担当していたビル・シェパードさんが手とり足取り教えてくれる。ルール・オブ・サードとは画面を三等分した上から3分の1のところに被写体の目を置くという基本。英国メディアはこの構図が本当に好きだ。

「被写体に向かって右から撮影する時はiPhoneを右手に持って。左から撮影する時は左手に。自分の目と被写体のアイラインを結ぶんだよ。最初はどアップ(Big Close Up shot)で撮るんだ」

筆者が新人時代だった30年以上前は、被写体の頭は絶対切るなと支局のベテランカメラマンにたたき込まれたが、最近は日本でも英国でも頭を少しだけ切る構図が主流になっている。

「でも決してアゴは切ってはいけないよ。次は少し下がってアップ(Close Up shot)、その次はMedium Close Up shotだ。後の編集のことも考えて右、左、右サイドから撮るんだよ」

エボラ出血熱と戦うサマンサ姉さん

筆者の練習相手は、エボラ出血熱が流行するアフリカで活動する支援団体のパブリック・リレーションズ(PR)を務めるサマンサ姉さん。いきなり「あんた、これまで行った一番危険なところどこなのよ」ときつい一発をお見舞いされた。

「サマンサ、日本は平和国家だから、危険な所はあまりないんだよ」と筆者。彼女はいわゆるスピンドクター(報道担当者)だ。「スティグマタイゼーション(汚名を着せて人を卑しめること)に対する有効な対抗策はあるの」と尋ねると、「依頼者には絶対ノーコメントと言わせないことね」とコツを教えてくれた。

大阪で事件記者が長かった筆者は「フンフン」「リアリー(本当)?」と相槌を打って、話を聞く癖がなかなか抜けない。ぶっきらぼうなサマンサ姉さんは結構親切で、「脇を締めないと、手振れするわよ」といろいろアドバイスしてくれる。

この日のワークショップに参加したのは実戦が求められるベテランが多く、かなり刺激的だった。最近交代したガーディアン紙のアラン・ラスブリッジャー前編集長の女性スタッフや、英BBC放送のiPhoneニュースセクションの人もいた。

香港浸会大学でジャーナリズムを教えるロビンさんは米国のテキサス出身。ホリデーを利用してワークショップに参加した。

「モバイル・ジャーナリズムは簡単に撮れて、すぐにアップできる。そして爆発的な影響力を持っている。香港でもなかなかすべてが自由に報道できるわけではないけれど、中国本土からの学生も交じって最先端のテクニックを勉強しているわ。今日学んだことを教えるつもりよ」「僕も日本の若者に同じことをしているよ」

「イスラム国に負けない」

iPhoneのマイクはすべての音を拾うのでテレビなどで使う場合は本格的なマイクとバッテリーにつなぎ、ヘッドフォンで音を確認しながら撮影する必要がある。

これは本当に大変だ。上半身がスパゲティー状態になり、右手にiPhoneを持つか、左手にマイクを持つか、さらにカメラの構図を考えているとマイクやヘッドフォンのコードだけでなく頭の中まで混線してくる。

筆者は買ったばかりのiPad Air2を持参したが、片手でずっと持っていると手首が痛くなってくる。ロビンさんは大学で教えているだけあって、やはり上手い。

次はiMovieを使った編集だ。筆者のラップトップに入っている市販の編集ソフトと比べ物にならないほど使いやすい。「これはスゴイ」と声を上げると、NBC NEWSで働く日系女性プロデューサー、キコさんが「木村さんって本当に面白いわね」と声をかけてくれる。

「キコさん、こうしたアプリがあるから過激派組織『イスラム国』はソーシャルメディアを使ってあれだけ小まめに情報発信できるんだ。イスラム国にできるんだったら、僕たちにもできるよね。新しいメディアを使って心の距離を近づけることが」

「『イスラム国』なんかに負けていられないわ。私たちも頑張んなきゃね」と目を輝かせるキコさんとすっかり意気投合してしまった。

3年前に独立してからインターネットを中心に記事を書き始め、Yhaoo!ニュース個人やBLOGOS、自分のブログなどで閲覧されたページビューはかれこれ計4千万PVになった。

BIにしがみつく選択肢はない

インターネットの発達は日進月歩。MITメディアラボの伊藤穰一所長はBefore Internet(BI)とAfter Internet(AI)という時代区分をされているが、本当にその通りだ。

新聞記者歴28年の筆者がインターネットを中心に情報発信を始めた理由の一つに、告発サイト「ウィキリークス」がアフガニスタン、イラク駐留米軍の機密文書や米外交公電を公開した事件がある。

そしてスノーデン容疑者による米国家安全保障局(NSA)の市民監視プログラム暴露。英国メディアがあれだけ大量の情報をどのようにして処理しているのか見当もつかなかった。

最初に参加したワークショップの講師が英政府通信本部(GCHQ)元職員。スパイさながらの、その内容にびっくり仰天してしまった。さまざまなワークショップをはしごしては復習がてらの筆者主宰のつぶやいたろうラボ(旧ジャーナリズム塾)に参加されている皆さんとAI時代の「伝える」ワザを研究してきた。

医学、財政、経済学すべての分野でデータ分析が進み、経験よりもエビデンスを重視した意思決定や政策決定が行われるようになってきた。極端な事例をセンセーショナルに報道するより、データを重視する伝え方へと大きく変化している。

英誌エコノミストを読んでいると、こんな記事が読みたいと思うまさにそのタイミングで記事が掲載されることに驚くことが頻繁にある。きっとビッグデータを編集に活かしているに違いない。

インターネットの進化とともに私たちの社会は劇的に変わっていく。その変化は恐ろしく速い。もうBIにしがみつくという選択肢はあり得ないと思うのだが…。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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