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メルケルさん AIIBに出資するオカネがあるならギリシャ支援を

木村正人在英国際ジャーナリスト

ギリシャ政府代表団と債権者の交渉が14日にわずか45分で決裂し、18日のユーロ圏財務相会合(ユーログループ)に最後の望みが託された。

しかしギリシャのチプラス首相は、「新しい提案はない」と断言するバルファキス財務相を送り込む方針で、両者が歩み寄る可能性は限りなくゼロに近い。

ギリシャの株式指標(下図、Yahoo! Financeより)はギリシャのデフォルト(債務不履行)とユーロ圏離脱を見込んで急落している。

ギリシャの株式指標(Yahoo! Financeより)
ギリシャの株式指標(Yahoo! Financeより)

両者の提案は(1)財政の黒字目標(2)受給年齢の引き上げなど年金削減(3)電気代などへの付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)増税――の3点で対立。

国内総生産(GDP)比で見た黒字目標は以下の通り。

筆者作成
筆者作成

英紙フィナンシャル・タイムズの報道ではチプラス首相は15年1%、16年2%で債権者案をのんだものの、年金削減や電気代のVAT増税を拒否し、代わりに「行政施策」で黒字目標を達成すると主張したようだ。

しかし債権者はどんな方法で黒字を出すのか当てにできないと取り合わなかった。国際通貨基金(IMF)やユーロ圏は債権者案をのむかユーロを離脱するのか二つに一つという厳しい姿勢をとっており、ギリシャは窮地に追い込まれている。

もはや債権者は不誠実で無責任極まりないギリシャを信用していない。

ドイツのガブリエル副首相兼経済相・エネルギー相(社会民主党)はドイツ大衆紙ビルトに対し、「ギリシャ政府のゲーム理論家たちは国の未来をギャンブルの対象にしている」と不信感を露わにした。

「欧州もドイツも脅しには乗らない。ギリシャの共産主義者たちの政府が総選挙で掲げた誇大公約の代償をドイツの労働者とその家族に払わせるつもりはない」

欧州統合推進派の社会民主党がこれだけ強硬な姿勢を示しているということは、ギリシャに対して厳しいキリスト教民主同盟(CDU)のメルケル首相が最後は妥協するというシナリオは考えにくくなっている。

2010年と12年の2度にわたる総額2400億ユーロの救済策で、ギリシャの財政赤字と経常赤字の2つの赤字は順調に回復してきた。IMFのデータでは経常収支は13年から黒字に転じている。

IMFデータより筆者作成
IMFデータより筆者作成

しかし、成長を伴わない縮小均衡でしかないため、ギリシャ経済は疲弊し切っている。

総政府債務は11年から12年にかけ3551億ユーロから3039億ユーロまで減ったものの、その後は3100億ユーロ台で横ばいが続いている。名目GDPは最大で26%も縮小した。

同

ギリシャの銀行は欧州中央銀行(ECB)の資金供給に依存している。下は欧州のシンクタンク「オープン・ヨーロッパ」から引用したグラフだ。チプラス政権が誕生してからギリシャの銀行への資金供給がハネ上がっていることが分かる。

オープン・ヨーロッパのHPより抜粋
オープン・ヨーロッパのHPより抜粋

赤色のELAはギリシャ政府証券を担保に受け入れる緊急流動性支援で、青色はECBのそれ以外の資金供給オペを示している。

ギリシャがデフォルトすれば、ECBからのELAが止められ、カネの流れがストップ。キプロス同様、資本規制、預金封鎖が実施され、年金や公務員給与は借用書で支払われることになる。

そしてギリシャはユーロと並行してギリシャ・ユーロ(並行通貨)を発行するか、旧通貨ドラクマに逆戻りするかするだろう。IMFやECB、ユーロ導入国の公的融資は踏み倒される。ギリシャがユーロ圏離脱を選択するとしたら、公的融資の踏み倒しは織り込み済みだからだ。

ユーロ圏の中央銀行間の決済システム、ターゲット2でギリシャが抱える債務988億ユーロは焦げ付く恐れが出てくる。ドラクマは急落し、ギリシャは単一通貨の軛から解放され、身の丈にあった経済の恩恵をようやく享受できるようになる。

債権者は「我々の救済策に従わないなら、ユーロ圏から出て行ってもらって結構だ」という立場。欧州債務危機の時に比べ、恒久的な支援機関・欧州安定メカニズム(ESM)や銀行同盟が整備されるなど、ギリシャがユーロ圏を離脱しても影響を最小限に制御できるという見方が広がっている。

一方、チプラス首相の本心は分からない。(1)急進左派連合(SYRIZA)内の最左翼強硬派「左翼プラットフォーム」へのポーズ(2)債権者に譲歩を迫る瀬戸際作戦(3)実はユーロ圏から離脱したいのか。しかし、今や選択肢は債権者案をのむか、ユーロ圏を離脱するのかの二者択一になっている。

ボタンの掛け違えは、債権者はユーロ圏の安定と債権回収、システミックリスクの防止ばかりを考え、ギリシャはギリシャのことしか頭にないことから始まっている。ドイツのガブリエル副首相兼経済相・エネルギー相がギリシャ国民の立場に立って考えることができなければ、単一通貨ユーロというシステムは崩壊する。

ギリシャ国民はユーロ圏からの離脱を望んでいない。ただドイツが主導する緊縮策はできるだけ緩めてほしいと心底願っている。債権者とギリシャの溝は年間たかが20億ユーロだ。歩み寄り可能な距離だ。

ちなみに主な欧州連合(EU)加盟国が中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に出資する金額を米紙ウォール・ストリート・ジャーナルから拾ってみた。

EU加盟国のAIIBへの出資額(ウォール・ストリート・ジャーナル紙参照)
EU加盟国のAIIBへの出資額(ウォール・ストリート・ジャーナル紙参照)

ドイツの45億ドルをはじめフランス、英国、イタリア、スペイン、オランダ、ポーランドを合わせると総額172億ドル。そんなオカネを出す余裕があるなら、ギリシャを支援してあげてと言いたくなる。

ギリシャがユーロ圏を離脱すれば、影響は経済だけにとどまらない。当初、EUが十分な支援の手を差し伸べなかったウクライナが分裂の危機に見舞われる中、バルカン半島のギリシャまで不安定化すると地政学上のリスクは大きくなる。

EUという民主主義と自由主義経済の超国家プロジェクトの夢は打ち砕かれる。中国やロシアの国家資本主義が勢いを増す恐れが増大する。

ドイツのメルケル首相はAIIBに出資するより欧州インフラ投資銀行(EIIB)を設立する方が賢明だ。米国が主導した第二次大戦後の欧州復興計画(マーシャル・プラン)にならって、大規模なメルケル・プランを是非、発動して欲しいものだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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