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【腐敗の帝国FIFA】オウムを肩に乗せた男がFBIの突破口だった

木村正人在英国際ジャーナリスト

腐敗こそが権力の源泉

17年間、国際サッカー連盟(FIFA)に君臨したブラッター会長は権力を維持するため、(1)ワールドカップ(W杯)の放映権(2)食事やドリンク付きのプレステージ・チケット販売、マーチャンダイジング・ライセンス契約(3)公式スポンサー契約――から得られる収入を巧みに6つの地域連盟に配分してきた。

2011~14年の収入は(1)放映権料16億ドル(2)プレステージ・チケット販売など11億ドル(3)公式スポンサー契約10億ドルの計37億ドル。

このうち35億ドルを(1)14年W杯ブラジル大会など大会運営に18億ドル(2)サッカー振興に7億2千万ドル(3)マネージメントや活動に9億8千万ドル――と振り分けている。

会長を選出する総会(加盟209カ国・地域)、W杯開催国を決定する実行委員会(会長以下24人)を牛耳らなければ、カネ、地位、名声、欲望渦巻くFIFAを支配できない。

ブラッター会長は小さな協会を次々と加盟させ、高額収入と豪奢な経費が保証されるFIFAの委員会ポストをばらまくことで自らの権力基盤を強化してきた。サッカーの祭典、W杯開催国の決定、地域連盟別の出場枠は権力を掌握する最大のエサだ。W杯招致で票を買うため巨額資金が動いてきた。

「サッカー後進国、発展途上国でサッカー振興を通じて、貧しい子供たちと社会の健全育成を図る」というタテマエだが、投票権を持つFIFA実行委員会のメンバーに資金が渡った後、実際にどのように使われたのかチェックされた形跡はまったくうかがえない。

「トリニダード・ジャック」と呼ばれたワーナー副会長(FIFAのHPより)
「トリニダード・ジャック」と呼ばれたワーナー副会長(FIFAのHPより)

ブラッター会長はこうした腐敗に目をつぶってきた。10年W杯南アフリカ大会招致をめぐる賄賂1千万ドルがFIFAの口座を経由して、「トリニダード・ジャック」の異名で知られたジャック・ワーナー元FIFA副会長(72)=トリニダード・トバゴ、起訴済み=の口座に送金されていた。腐敗こそがFIFAの権力の源泉だ。

トリニダード・ジャック

米国の司法省、連邦捜査局(FBI)、内国歳入庁とスイス司法当局は3ルートで、捜査の頂点、ブラッター会長を目指している。まずFIFAが24年間にわたってゆすり(賄賂とキックバックの要求)、電子的通信手段を使った詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)を通じて1億5千万ドル(187億円)以上の不当利得をあげていた容疑。

次に10年南アフリカ大会招致をめぐってワーナー元副会長が受け取った賄賂1千万ドル。3つ目のルートになる18年ロシア大会、22年カタール大会をめぐる疑惑はまだ全容を現していない。今のところ、最大のキーパーソンは、1990~2011年にかけ北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)会長を務めた「トリニダード・ジャック」だ。

チャック・ブレイザー氏(FIFAのHPより)
チャック・ブレイザー氏(FIFAのHPより)

FBIはワーナー元副会長の息子2人とチャールズ・ブレイザー元CONCACAF事務局長(70)=元FIFA実行委員会メンバー、通称チャック・ブレイザー=に司法取引を持ちかけ、隠し録音機を使ったおとり捜査でワーナー元副会長の外堀を埋めている。

追い詰められたワーナー元副会長は無実を訴える一方で、「もし私が30年にわたってFIFAのカネを盗んでいたのなら、誰が私にそのカネを与えたのか? どうして彼が起訴されないのか? なぜ第三世界の国々の関係者だけが起訴されたのか?」と不満をぶちまけた。

「彼」がブラッター会長を指していることは明らかだ。ワーナー元副会長の権力基盤だったカリブ海サッカー連合(CONCACAF傘下)は31カ国・地域のうち25カ国・地域がFIFAに加盟している。カリブ海のトリニダード・トバゴを代表するワーナー元副会長はFIFA総会の25票を握っているわけだ。

人口5千人の小国の重み

その1つ、英海外領土モントセラトの人口は約5千人。会長を選出するFIFA総会では、W杯4度優勝、人口8300万人のドイツ、W杯5度優勝、人口2億100万人のブラジルとモントセラトは同じ1票を持つ。

アフリカ、アジアに加え、カリブ海を押さえるだけで125票。ブラッター会長は1998年の会長選でアフリカでのW杯初開催を掲げてアフリカの54票を手中に収めた。カリブ海のワーナー元副会長からは、不正を黙認する見返りに支持を得たとみて良いだろう。

アジアは、FIFA実行委員会元メンバーでアジアサッカー連盟(AFC)元会長のモハメド・ビン・ハマム氏(66)=カタール=にFIFA会長職の禅譲とカタール大会招致をエサに味方につけた――。英日曜紙サンデー・タイムズの調査報道記者2人は新著『ジ・アグリ・ゲーム(醜いゲーム)』でこう指摘している。

米・スイス司法当局はワーナー元副会長とハマム元AFC会長の2人に司法取引を迫り、ブラッター会長の「クロ」を立証する方針とみられる。筆者は、まだ捜査線上に姿を現していないハマム氏が米・スイス司法当局の「隠し球」とみる。

裏切られたオウムの男

腐敗の帝国FIFAの瓦解が始まったのは、18年ロシア大会と22年カタール大会が決まった10年12月の実行委員会。22年W杯にはカタール、米国、韓国、日本、オーストラリアが名乗りを上げ、4回目の投票でカタールが14票を集め、最後まで残った米国(8票)を退けた。

このとき長年の盟友で、不正資金を山分けしてきたCONCACAFのワーナー会長とブレイザー事務局長(いずれも当時)の間に亀裂が入った。米サッカー連盟の副会長を兼務するブレイザー氏は米国に投票した。

米国にW杯が来れば、巨額資金が動く。米国招致を推進しなければならないCONCACAF会長であるワーナー氏はもちろん米国に投票したとばかりブレイザー氏は思っていた。

スイス・チューリヒのFIFA本部会議室。ブレイザー氏は運命を決める投票を終えたあと、ハマム氏の隣に座っていた。ハマム氏が手にしていたカタールのサポーター・リストが肩越しに見えた。なんとワーナー元副会長の名前がリストにあったのだ。

ワーナー元副会長はW杯南アフリカ大会招致のときと同じように、今度はカタールのハマム氏に票を売ったとブレイザー氏は確信した。米国はクリントン元大統領をW杯招致委員会の名誉委員長に担ぎ出し、オバマ大統領もビデオメッセージを寄せていた。ブレイザー氏とワーナー元副会長の紐帯はこの瞬間、ブツリと切れた。

翌11年、ブレイザー氏は電動車イスでニューヨークの歩道を移動しているときFBIの捜査員に呼び止められた。脱税容疑だった。ブレイザー氏は確定申告をしておらず、バハマに隠し口座を持っていた。「ここで手錠をはめられて刑務所に行くか、それとも捜査に協力するか、どっちだ」と迫られたブレイザー氏は即決した。

米国を裏切ったワーナー元副会長こそ塀の中に落ちるべきだ。ブレイザー氏はFBIから渡された車のキーを装った隠し録音機を使ってFIFA実行委員会のメンバーとの会話を録音するようになる。

1998年フランス大会でも買収

ブレイザー氏は米ニューヨーク・マンハッタンにある超高層トランプ・タワー(58階)のペントハウスを借りている。ヒゲも髪の毛も白髪でモジャモジャだ。離婚した妻はオウムを連れて行き、1年後に返してきた。そのオウムはカゴに入れられて飼育されている。

オウムを肩に載せるブレイザー氏(自身のブログより)
オウムを肩に載せるブレイザー氏(自身のブログより)

ブレイザー氏がペントハウスで打ち合わせをしているとき、オウムは「お前は麻薬常習者だ」と何度も叫んで妨害する。別れた妻が腹いせに1年間かけてオウムに覚えさせたのだ。それでもブレイザー氏はオウムを肩に乗せた写真を自分のブログに掲載している。

ドナルドダックのTシャツを来たり、美人コンテストの優勝者と写真を撮ったり。南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領(故人)との記念写真もブログにアップしている。しかし今はがんが進行し、体調が悪化している。

ニューヨークにある米連邦地方裁判所で13年に行われた尋問でブレイザー氏は有罪を認め、10年南アフリカ大会招致に絡み75万ドルを受け取るなど、2つのW杯と5つの地域大会に絡んで裏金を受け取っていたと供述している。

もう1つのW杯は1998年フランス大会で、招致でフランスに敗れたモロッコから賄賂を受け取っていた。モロッコは10年W杯招致でもワーナー元副会長とブレイザー氏に100万ドルの資金提供を持ちかけている。CONCACAFのゴールドカップ・トーナメントなどに関する放映権料やマーチャンダイジング・ライセンスでも裏金の合意があったという。

CONCACAFの13年報告書では、ブレイザー氏はCONCACAFの資金をマイアミの別宅、トランプ・タワーのペントハウスの賃料、リゾート地の別荘の費用などに流用していたことが明らかになっている。ブレイザー氏は直腸がんを患っており、連邦地裁の尋問で保釈金は1千万ドルに設定されていた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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