Yahoo!ニュース

【大阪都構想】橋下徹市長の大阪都構想とスコットランド独立を比べてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト

大阪出身の国際ブロガーとして

[ロンドン発]7日投票の英総選挙はキャメロン首相率いる保守党が予想外の過半数を得て、単独で第2次政権を発足させた。この選挙ではスコットランドで台風が吹き荒れた。同地方の独立を党是に掲げるスコットランド民族党(SNP)が定数59のうち56議席を奪ったのだ。

ロンドン在住の筆者は生まれも育ちも大阪である。38歳まで大阪で事件記者をしていた。54歳の今、ロンドンからスコットランド独立の動きと、今月17日に投票日が迫ってきた「大阪都構想」住民投票を俯瞰していて、21世紀の政治は中央集権から地方分権に向かっていることを実感している。

立場を鮮明にして報道するのは新聞記者としてはふさわしくないのかもしれない。だが、大阪出身の1人の国際ブロガーとして「大阪都構想」支持の立場で情報発信するのは許されるだろう。このままのやり方では大阪はどんどんダメになるというのは大阪維新の会代表、橋下徹・大阪市長の言う通りである。

バブルにまみれた大阪府と大阪市の二重の開発行政が大赤字を膨らませたのも橋下市長の主張する通り。新聞やテレビは大阪府や大阪市に踊らされ、「関西国際空港」「大阪湾岸開発」の提灯を持って走り回ってきた。競うように大型開発の特ダネで1面トップを飾った。府と市に踊らされただけのことだ。

筆者は行政記者ではなかったが、事件取材で朝駆け・夜討ちに追われ、時代の流れ、世界の流れに目を配る余裕はなかった。インフラを整備すれば成長するという時代遅れの神話に疑いを持つ知恵がなかった。事業や立地をめぐるメディアと行政、地方政治の癒着についても誰も問題にしなかった。

橋下市長がタウンミーティングをする意味

今も、新聞やテレビの記者は行政や労働組合、政党の幹部、東京の政治家、主要官庁から話を聞いて記事を書いている。故意かどうかは別にして、既得権益を守ろうとする情報や東京の視点がメディアに氾濫する結果となる。

だから橋下市長はタウンミーティングを1日4回開いて、ツイッターでつぶやかなければならない。大阪都構想に反対している内閣官房参与で京都大学大学院工学研究科の藤井聡教授の著作『大阪都構想が日本を破壊する』(文春新書)を読んだ。

筆者は毎日のようにロンドンの有力シンクタンク、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、キングス・カレッジ・ロンドンなど大学のイベントに顔を出しているが、正直なところ、この程度の文章しか書けない人物でも京都大学大学院の教授になれるのだと心底、驚いた。

この著書は論理ではなく、デマゴギーの範疇に分類できる。英国の大学で活動する日本人が一様に「日本人の学力は落ちている」と憂えているのも頷ける。「内閣官房参与」という肩書のありがたみも推して知るべしだ。政権に都合の良い発言をする人物という証明に過ぎない。

大阪府・市政の特別顧問を務めた中央大学経済学部の佐々木信夫教授が現代ビジネスで藤井教授に反論している。行政学の専門家で、東京都政で16年間、大都市行政に携わってきた実務経験者の「反対派は市民をミスリードしている」という主張は説得力があった。

もし、あなたが大阪市民で「大阪都構想」への賛否を問う投票権を持つのなら実際にタウンミーティングに足を運んで、橋下市長に直接、疑問をぶつけよう。自分の頭で考えなければならない。筆者は総論賛成、各論については「トライ・アンド・エラー」で後から改善していけば良いと考える。

大阪に府知事と市長という2つの司令塔は要らない。

大阪市長とSNP女性党首の比較

「大阪都構想」を唱える橋下市長と、スコットランド独立に向かって突き進むSNPのニコラ・スタージョン党首を比べてみよう。橋下市長は、石原慎太郎元東京都知事に心酔していたことからもわかるように思想的には完全に右である。ニコラは思いっ切り左に振れている。政治歴の長さも違う。しかし、それ以外は恐ろしく似ている。

筆者作成
筆者作成

筆者はここまでの類似は偶然ではないと思う。21世紀、グローバリゼーションはデジタル化とともに急速に発展する。「勝ち組」「負け組」の差がより鮮明になる。中央集権体制では中央政府に重点が置かれるため、地方はどうしても後回しにされる。

意思決定の中心を中央政府から地方に移していく必要がある。究極の地方分権を追い求めなければならない。これは地方の生存本能である。中央政府に集中させてきたパワーを地方に、1人ひとりの個人に移していくことによって効率性を高めていける時代になったのだ。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス元学長で、ブレア元英首相のブレーンだったアンソニー・ギデンズ氏は「21世紀はデジタイゼーションの時代」が口癖だ。コンピューターの処理速度、通信速度、インターネットの容量が飛躍的に増え、意思決定の中心を中央政府から地方へ、個人へと下ろしていくことが可能になった。

そういう歴史の転換が起きつつある。「大阪都構想」もスコットランド独立の動きもそうした流れの中で同時発生的に出てきている。大阪市の有権者は、これから朽ち果てていく既得権益にしがみつくか、「大阪都構想」を踏み台にしてアジアの拠点として再生を図るか、の分岐点に立っている。

何もしなければ何も変わらない。時代の流れに乗りたければ、誰よりも早く動かなければならない。確かなことはそれだけだ。

橋下市長は不屈の魂を

橋下市長は住民投票で否決されたら政界を引退するという考えを表明しているが、まずニコラのストーリーを読むべきだ。地方が中央から権力をもぎ取るためには不屈の闘志が必要だ。ニコラは敗けるたびに強くなってきた。

16歳でSNPに入党

1992年総選挙で6831票しか取れず落選

1997年総選挙で1万1302票で落選

1999年初のスコットランド議会選、グラスゴーの選挙区で9665票しか取れず、比例代表で復活当選

2003年スコットランド議会選、グラスゴーの選挙区で6599票しか取れず、またも比例代表で復活当選

2004年SNP党首選、いったん立候補を表明するも当選の見込みがなく撤退。アレックス・サモンド氏のサポートに回り副党首に

2007年スコットランド議会選、初めてグラスゴーの選挙区で9010票で当選。SNPが初めて同議会第1党に

2011年スコットランド議会選でSNPが単独過半数

2014年スコットランド独立を問う住民投票、イエス・キャンペーンの責任者を務めるも、44.7%対55.3%で否決される。SNP党首に選ばれ、スコットランド自治政府首相に

SNPと大阪維新の会のスコットランドと大阪府それぞれでの議員占有率をグラフにして比較してみた。

同

大阪維新の会の浸透度はまだまだSNPには及ばない。ニコラは自治権の拡大を足場に来年5月のスコットランド議会選で単独過半数を維持し、再び独立の住民投票を実施する腹づもりだ。

「大阪都構想」のタウンミーティングを通じて政治と市民の距離は随分縮まった。旧日本軍慰安婦をめぐる発言にはまったく同意できないし、いろいろ物議をかもす橋下市長だが、「大阪都構想」の方向性は間違っていない。あとは大阪市民と大阪府民を運動に巻き込みながら、挫けずにどこまで突き進めるかだ。

投票権を持つあなたは傍観者であってはいけない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事