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量的緩和で中国の「爆買い」招くアベノミクスの光と影

木村正人在英国際ジャーナリスト

デフレに逆戻り?冷え込む消費

総務省が発表した2月の全国の消費者物価指数(CPI、2010年=100)は、生鮮食品を除く指数が前年同月比で2.0%上昇し、102.5となった。21カ月連続の上昇だ。

筆者作成
筆者作成

安倍晋三首相の経済政策アベノミクスの柱である日銀の異次元緩和のおかげで日本の消費者物価指数変化率は他の主要国に比べ急上昇してきたが、原油価格の暴落で伸び幅は7カ月連続で縮んでいる。

日銀の試算では昨年4月の消費税増税による物価押し上げは2%。これを除く物価の伸びは2013年5月以来、初めてほぼ横ばいとなった。生鮮食品を除くCPI伸び率は0%近辺で推移する見通しだ。

円安で過去最高益に潤う大企業は安倍政権の求めに応じ賃上げするが、総務省の統計によると、2人以上世帯の平均消費支出は26万5632円と前年同月に比べ実質2.9%も減少。11カ月連続の減少だ。

同

消費税率引き上げ前の2014年3月に駆け込み需要が対前年同月実質で7.2%増を記録したあと、1年近く冷え込んでいる。消費が伸びなければ、景気の好循環は起きない。

日経新聞の見出しは「2月消費者物価2.0%上昇 消費増税分除くと横ばい」なのに対し、英紙フィナンシャル・タイムズ電子版は「コアCPIが0%になり、日本はデフレに近づく」と手厳しい。

13年4月、日銀は2年程度で2%の安定インフレを達成するため、(1)マネタリーベース(資金供給量)を年間約60~70兆円(2)長期国債の保有残高を年間約50兆円増やす「黒田バズーカ」を発動。

14年10月、(1)マネタリーベースの年間増加額を80兆円に拡大(2)長期国債の年間買い入れ額も80兆円に引き上げる追加緩和「黒田バズーカ2」を繰り出した。

15年2月末時点のマネタリーベースは278兆円。安倍政権が誕生した12年12月以降、147兆円もマネタリーベースは膨らんだのに、物価は言うほど上昇しなかった。

原油急落という「逆風」が吹いたものの、「2年程度で2%」という黒田日銀の公約は達成できそうにない。実質国内総生産(GDP)成長率は2013~14年の2年間で計1.67%。

同

黒田バズーカは「円安」という通貨の減価、大企業の収益増、株高、非正規雇用の拡大、中国や韓国、台湾から「爆買い」の観光客の激増をもたらした。「爆買い」は円が恐ろしく安くなった裏返しだ。

オオカミ少年は消えた?

日経新聞の滝田洋一編集委員は「どこに消えた、国債暴落のオオカミ少年」と題する記事でこう書く。

「年80兆円にのぼる日銀の国債買い上げは債券市場の流動性低下という代償を払いつつも、長期金利の低め誘導に一段と効果を上げだしている。いったん退散した国債暴落のオオカミ少年たちは、どう巻き返すのだろう」

「眠れる企業が目を覚ますと」と題した記事でも「桜の花のほころぶようなニュースが目白押しとなっている」とアベノミクスを後押しする。

「『景気が上向き企業の資金余剰が減ると、国債の買い手がいなくなるので、財政赤字が支えきれなくなる』。そんな主張をしていたエコノミストも多かったはずだが、去年の雪は今いずこ」

確かに滝田編集委員の指摘する通りなのだが、日銀がマネタリーベースを年間80兆円増やし続ける黒田バズーカ2が暗黙の前提になっている。

国内に日本の製造業の生産拠点が戻ってくれば良い。しかし、ロンドンの日系企業関係者は「日本は人口が減っているので、収益を確保するためには海外の企業を買収するしかない」と打ち明ける。

企業の所得収支(投資収益収支)は増えても、日本国内での設備投資はこれからどれだけ増えるのか。

中国資本の「爆買い」が心配

アベノミクスが始まる前の2011年には1円=0.0838人民元だったのが、今は0.0521人民元。

Yahoo! Financeより
Yahoo! Financeより

日銀の異次元緩和が続いて円が人民元に対してさらに安くなれば、中国資本の日本企業「爆買い」が起きないか心配になる。

英紙フィナンシャル・タイムズは「アベ(ABE)ノミクス」の3本の矢は、金融緩和が「A」、財政出動が「B」、成長戦略が「E」と採点する日本企業経営者のジョークを伝えている。

安倍晋三首相は企業統治の向上と環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の進展、農業改革、女性の雇用増加などの成果を強調する。アベノミクスによる円安とデフレ脱却を支持する企業経営者の声もある。

一方で DeNA創業者、南場智子氏はFT紙にこう語っている。「もし私が(膨大な政府債務を抱えた)『日本株式会社』の経営者なら、眠ることはできないでしょう。とても怖ろしい」

アベノミクスによる成長で税収を増やし、インフレで政府債務を軽くするというのも一つの策かもしれない。しかし、量的緩和の継続は円のさらなる減価を招き、対中経済格差を加速させる。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)やTPPをめぐるジオエコノミクス(地理経済学)戦争が勃発する中、これ以上の減価が得策か、それとも苦い財政再建と中国との関係改善に取り組むのか、日本は大きな岐路に立たされている。

無理やり作り出した陽気でほころんだ桜は散るのも早い。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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