Yahoo!ニュース

量的緩和で財政再建と景気回復を両立させたキャメロン政権【2015年英総選挙(5)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

5月の英総選挙を前に、キャメロン首相の懐刀であるオズボーン財務相が今議会期(2010~15年)では最後となる予算案を発表した。世界金融危機への対策で膨らんだ公的債務をコントロールしながら、どこまで景気を回復させることができたかが、大きなポイントだ。

英予算責任局(OBR)の最新見通しをもとに、まず、実質国内総生産(GDP)の成長率の予測をグラフ化してみた。

画像

2009年にはマイナス4.3%まで落ち込んだ実質GDP成長率(対前年比)は14年に2.6%まで回復、19年には2.4%成長を見込んでいる。楽観シナリオの成長率は19年に4.9%、悲観シナリオではマイナス0.7%と予測している。

12年1月に8.4%に達していた失業率も5.7%まで下がっている。雇用は増えたものの、「アプレンティス」と呼ばれる実習生(見習い)制度で若者が「タダ同然」で働かされたり、雇用主の都合に合わせて待機中の労働者を呼び出して使える「ゼロ・アワー契約」などで労働者の賃金が低く抑えられているという批判がある。

画像

このため、オズボーン財務相は法定最低賃金を引き上げて、真面目に働く労働者を支援する姿勢を打ち出した。

英国では世界金融危機を受け、英中銀・イングランド銀行が政策金利を0.5%まで段階的に引き下げ、09 年 3 月に量的緩和を導入。11 年 10 月に資産買入れ枠を再拡大し、準備預金の規模は一気に膨れ上がった。12年10月に資産買い入れは終了したものの、イングランド銀行の準備預金は削減されていない。

画像

ニッセイ基礎研究所の基礎研レターより引用

気になるのは、経済の体温と言われる消費者物価指数(CPI)がどんどん下がり、今年1月は0.3%。原油や食料品の価格が下がっているのが原因だが、オズボーン財務相は「家計に余裕ができて、消費に回る」と日本型デフレに突入する恐れはまったくないと断言する。

画像

CPIも20年ごろにはイングランド銀行のインフレ目標である2%で安定すると予測している。総選挙後に時期をみて、イングランド銀行は6年間、史上最低の0.5%に据え置いてきた政策金利を引き上げるとみられている。

日本の安倍晋三首相の経済政策アベノミクス、日銀の異次元緩和(黒田バズーカ)との大きな違いは、英国はキャメロン首相が解散権を放棄して議会期を5年で固定、有権者には不人気な財政再建を計画的に進め、軌道に乗せたことだ。

画像

公的部門の純借り入れ額は14年度は902億ポンド、18年度から黒字に転ずると予測されている。公的純債務も国内総生産(GDP)比で14年度は80.4%、19年度には71.6%まで下がる見通しだ。

画像

総選挙を意識してオズボーン財務相は最後の予算案で財政再建のスピードを少し緩めたとは言え、この5年間、よく頑張ったと筆者は思う。まさに艱難辛苦の5年だった。

量的緩和の出口、財政再建と経済成長の道筋が見えた英国と比べ、日本では日銀依存が定着し、インフレによって対GDP比の政府債務を減らせばいいんだという議論が公然と行われるようになった。

通貨を切り下げて景気を良くする量的緩和は中・長期的には国力を大きく損なう。緊急避難としては有用だが、常態化するのは極めて危険なことだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事