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「プーチン大統領は裸の王様だ」吠える元石油王ホドルコフスキー

木村正人在英国際ジャーナリスト

プーチン露大統領の政敵で、10年もの間シベリア送りになっていた元石油大手ユコス(破産)社長のミハイル・ホドルコフスキー氏(51)の手はゴツくて、温かかった。

「プーチンは裸の王様」というホドルコフスキー氏(筆者撮影)
「プーチンは裸の王様」というホドルコフスキー氏(筆者撮影)

まだ、ウクライナ危機を誰も予想していなかった2013年12月、ホドルコフスキー氏はプーチン大統領の恩赦で釈放された。ソチ冬季五輪の開催を控え、プーチン大統領が欧米諸国に示した譲歩とも、自信の表れとも言われた。

ドイツ滞在を経てスイスに出国したホドルコフスキー氏はそのときロシアの政治とは一線を画すとみられていたが、ウクライナ情勢の悪化に伴い、「反プーチン」の姿勢を再び前面に出し始めた。

「筋肉隆々の胸をむき出しにして、虎を退治してみせるプーチン氏はスーパーマンではない。それはファンタジーだ。彼は裸の王様にすぎないのだ」

26日、ロンドンにある有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演したホドルコフスキー氏の舌鋒は鋭かった。

オリガルヒ(新興寡占資本家)の1人、ホドルコフスキー氏は2003年、プーチン大統領から国外へ出て行くよう警告を受けたが、「内なる改革」を訴えるためロシア国内に留まり、逮捕された。

容疑は脱税などだったが、ホドルコフスキー氏が「反プーチン」の野党勢力に政治献金を行っていたことや米石油大手の資本参加を進めていたことが背景にあったと分析されている。

石油・天然ガスの国家管理を進めるプーチン大統領にとって、ホドルコフスキー氏は、故ベレゾフスキー氏(13年3月に死去)と同列の、ロシア国民の財産で私腹をこやした「国賊」である。

この日、会場から「あなたは透明性の確保を強調するが、今どれぐらいの財産を有しているのか?」と質問され、ホドルコフスキー氏は「私は透明性の確保とともに他者への敬意も大切と言っている。私はプライバシーを大切にしたい」とやんわりかわした。

筆者は「彼はプーチン批判を露わにしている。釈放直後はそんなことはなかった。いつ変わったのか」と、1995年から2000年まで駐モスクワ英国大使を務めたアンドリュー・ウッド氏に確認してみた。

「彼の心はずっと同じだよ」とウッド氏は解説する。

ホドルコフスキー氏は今、横領罪で投獄されているロシアの反政権派ブロガー、ナワリヌイ弁護士(38)と「反プーチン」で連携を強めている。

ウクライナなどロシアの侵略を恐れる旧ソ連圏諸国だけでなく、ロシアをプーチン大統領の魔手から救うためには「秘密のない社会」「協力」「他者への敬意」の3つを柱に民主化を進めるしかない。

それがホドルコフスキー氏の揺るがぬ信念だ。

プーチン大統領は、クリミア併合など侵略に同意しない人々を標的に「魔女狩り」を進め、石油・天然ガスなど自然資源の国家管理を徹底する。ロシア経済は国際競争力を失い、国民の生活水準は低下する。クレムリンの圧政はますます強化され、国民は自由を失う。

プーチン大統領の野心は一体、何なのだろう?

ホドルコフスキー氏は語る。「プーチン氏はたくさんのプレイヤーによってコントロールされる世界を信じていない。すべての問題は地政学的に敵がもたらしていると考えている」

「彼の原則は上から下へタテ方向にコントロールされる世界なのだ。プーチン氏は米国の大統領と2人で、どこまでが勢力圏か、新しい世界秩序を決めることを欲している」

筆者は「プーチン大統領にとって新しい世界秩序の国境はどこなのか」と質問した。

ホドルコフスキー氏は「彼が欲しいのは、ウクライナ東部のドンバスではない。旧ソ連諸国なのか、旧東欧諸国を含むのか、私には彼の真意は分からない」と答えた。

ロシア経済がへたってくれば、地方政府の有力者にカネが回らなくなり、「どうしてわれわれがプーチンに従わなければならないのか」という反発が強まってくる。

ロシア情勢も今後、不安定になってくるというのが講演後のレセプションで複数のロシア専門家が漏らした共通認識だった。

クリミア出身のウクライナ人女性は「ロシアに支配されたクリミアの人々は抑圧されています。私も家族の様子を見にクリミアに戻っていましたが、ロンドンに逃げ出してきました」と表情を曇らせた。

ホドルコフスキー氏の目は希望の光を失っていない。人間としての温もりを感じさせる。ロシア国内ではしかし、プーチン大統領が支配するメディアがプロパガンダ・マシーンとしてフル回転する。

プーチン大統領の支持率はロシア国内で80%を超え、ギリシャやハンガリーでも支持者が多い。プーチン大統領は欧州の極左・極右政党に加え、エジプトやインドなどの国家指導者ともつながりを深める。

「明日になるか、10年後になるかは分からない。しかし、開かれた社会が訪れるその日を自分の目で見届けたいとロシア人は思っている」とホドルコフスキー氏は言う。

安倍政権はプーチン大統領の年内訪日を実現する方向で調整を進めているという。英国の外交専門家にどう思うか意見を求めたところ、「北方領土でも返ってくるのか」と驚いた表情で聞き返してきた。

安倍政権が法の支配など「価値の外交」を掲げるのなら、プーチン大統領ではなく、民間シンクタンクなどを経由する形ででも、ホドルコフスキー氏を日本に呼ぶべきではないのだろうか。

ホドルコフスキー氏は、ロシア国内の野党勢力とコンタクトを取り続けるよう会場の聴衆に訴えた。ロシアは外からは変えられない。内から変わるよう欧米諸国が粘り強く働きかけるのが、遠いようで一番の近道だとホドルコフスキー氏は柔らかな眼差しで語る。

日露関係の未来は、プーチン大統領とともにあるのか、それともその向こうにあるのか。ホドルコフスキー氏の温もりから確かな未来がほとばしっているように感じたのは筆者だけか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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