25日にギリシャ総選挙「SYRIZAは私たちのたった1つの希望」
[アテネ発]22日、欧州中央銀行(ECB)がデフレ回避と景気刺激のため1兆ユーロ超の量的緩和を発表した4時間後、ギリシャ・アテネのオモニア広場は急進左派連合(SYRIZA)の支持者で埋まっていた。
シワが刻まれた物憂い表情の年金生活者、うつろな目をした女性…。
世界金融危機に続く欧州債務危機でギリシャには鉛色の空気が垂れ込めている。そうした閉塞感を打ち払うように、紫、黄、赤、白色の旗が打ち振られ、広場は一気に異様な熱気に包まれた。
ギリシャ、いや欧州の未来を左右するSYRIZAのアレクシス・ツィプラス党首(40)が壇上に現れた。怒りを吐き出すような音楽が流れる。壇上を右に左に歩くツィプラス党首はまさに既存秩序を破壊するロックスターだ。
ツィプラス党首の一挙手一投足に報道陣のカメラが向けられる。死んでいた支持者の表情に生気がよみがえる。人、人、人、身動きできない息苦しさの中で、隣の女性が「ツィプラスは私たちに残されたたった一つの希望よ」と叫んだ。
家族で家具の修理店を営んでいるというディミトリアさん(46)。夫と大学生の長女(21)、高校生の次女(15)の家族4人でSYRIZAの選挙集会にやってきた。
ギリシャの失業率は25.8%、特に若者の失業率は50%を超える。「私たちは何とかやっていけているが、本当に仕事が少なくなった」
「全ギリシャ社会主義運動党(PASOK)も、新民主主義党(ND)も完全な失敗だった」とディミトリアさんは切り捨てる。「ツィプラスも失敗だったら、どうするの」と尋ねると、「そうならないことを望んでいるわ」と肩をすくめた。
ギリシャには青い海と青い空のイメージが強いが、『永遠と一日』『旅芸人の記録』などのギリシャ人映画監督テオ・アンゲロプロス(故人)は灰色の空を撮り続けた。
経済協力開発機構(OECD)調査によると、ギリシャの労働者は年間2034時間も働いている。OECDの平均は1765時間だ。にもかかわらず世帯の年間収入は平均で1万9095米ドルとOECD平均の2万3938米ドルを下回る。
ギリシャは典型的なグロバーリゼーションの負け組国家だ。
ツィプラス党首の演説が始まった。「われわれの党に与えられた清廉で明白、混じりけなしで争う余地のない政治的な使命は、欧州におけるギリシャの立場を強くすることだ」
「われわれの答えは、欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)による支援策は終わらせる。ギリシャに対する恫喝も終わらせる。追従するのも終わりにするということだ」
「SYRIZAにチャンスを与えよ。それがギリシャにとってラスト・チャンスになるかもしれない」
ツィプラス党首の要求はEUやIMFのギリシャ支援策による緊縮財政や借金の返済計画を改めよというものだ。第一次大戦後、第二次大戦後を通じ、欧州は敗戦国ドイツに対して4回にわたって債務の再編に応じている。
しかもギリシャは第二次大戦後、ナチス・ドイツへの賠償請求権を放棄している。だからドイツもギリシャの債務再編に応じるべきだという声はSYRIZAだけでなく、ドイツ内部からも上がっている。
「われわれはこのチャンスを、疲弊したシステム、緊縮策を強いる犯罪者どもに立ち向かうために使いたいのだ。欧州委員会、IMF、ECBのトロイカとの覚書は破滅と非道をもたらした」
アテネ大学でコミュニケーション・メディア論を学ぶゾーイさん(19)が耳元でツィプラス党首の演説を英語に訳してくれる。
「人間には誰にでも医療を受け、学ぶ権利がある。手術が受けられるよう医療費は免除すべきだ。誰にでも家で暮らす権利がある。国家がそれを保障しなければならない。人間には食べる権利がある」
ギリシャでは緊縮策に伴い、自殺率が上昇、医療費が削られ、幼児死亡率やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染率が増えている。
「すべての若者が教育を受けて大学で学び、働けるようにしなければならない。私たちには尊厳を持って生きていく権利がある。満足な報酬が与えられる必要がある。人間性を尊重する社会で暮らす権利が認められているのだ」
今、ギリシャの政治は祭りのエネルギーに包まれている。自分たちの投じる一票がギリシャの進路を決めるのは間違いない。そこに民主主義の原点がある。しかし、ギリシャとドイツの対立が抜き差しならなくなれば、欧州プロジェクトは統合から分裂に向かう危険性をはらんでいる。
ツィプラス党首が唱えているのは1989年、ベルリンの壁崩壊とともに葬り去られた社会主義そのものだ。社会主義ユートピアは昨年行われた英スコットランド地方の独立を問う住民投票でも地域政党・スコットランド民族党(SNP)がしきりに強調した。
グローバリゼーションという怪物に打ちのめされた人々は今、社会主義というありもしないユーフォリア(陶酔感)に逃げ込もうとしてる。ゾーイさんに「あなたは社会主義者ですか?」と質問してみた。
ゾーイさんは答える。「もちろんよ。SYRIZAの支持者なんですもの」
妻と一緒に集会に参加した食品・飲料のセールスマン、マノリスさん(62)は「ツィプラスはギリシャの未来さ。そして欧州の未来を変えるのさ」と声援を送った。
ギリシャ総選挙(300議席)が25日に迫ってきた。上のグラフのピンク色の折れ線グラフが急進左派連合(SYRIZA)の支持率だ。
直近の世論調査でSYRIZAは過半数に迫る勢いだ。しかし、過半数を獲得するには、新党「Potami(川)」と連立を組む必要があるとみられている。
ツィプラス党首の演説に熱がこもるのも、あと一息でSYRIZAが単独過半数を獲得する可能性が残されているからだ。
ECBの量的緩和でギリシャ国内の急進的な世論は少し沈静化したかもしれないが、25日の投票まで残すところあと2日、世界は再びギリシャに注目している。
(おわり)