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本当に「私はシャルリ」でいいの? 西洋とイスラムの「対立」をあおることにならないか

木村正人在英国際ジャーナリスト

過激化のプロセス

欧米で暮らすイスラム系移民の若者が過激化する過程は

(1)イラクやアフガニスタン、パレスチナ自治区などでイスラム教徒が苦しんでいることへの怒り

(2)イスラムと西洋の道徳的な対立

(3)失業や差別、挫折など個人的な体験を国際情勢に普遍化させる心理的な投射行為

(4)テロ組織への加入

という4段階に分類できるといわれている。

オバマ米大統領はイラクやアフガニスタンから駐留米軍を撤収させているが、シリア内戦の混乱に乗じてイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が台頭してきた。

シリアのアサド大統領(イスラム教アラウィー派)、イラクのマリキ前首相(同シーア派)らシーア派の影響力が中東で拡大するのを防ぐため、サウジアラビアなどスンニ派諸国がイスラム国の活動を黙認したとも言われている。

権力をほしいままにしてスンニ派を虐げるアサド大統領やマリキ前首相という格好の「悪役」を得て、「建国」「アラー(イスラムの唯一神)への献身」という高揚感がイスラム系移民のアイデンティティー(自我)を覚醒させている。

「イスラム国」をたたくため、欧米諸国がイラクやシリアで空爆を始めたことも過激化に拍車をかけた。「イスラム国」のジハーディストが欧米のジャーナリストや国際救護員の首を切り落として公開したのは欧米諸国を再び泥沼の対テロ戦争に巻き込むのが狙いだ。

「西洋対イスラム」という対立構造を作り上げ、欧米社会でアイデンティティー・クライシスに苦しむイスラム系移民2世、3世の若者をイスラム過激派組織に吸い寄せるためだ。

英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)によると、中東の民主化運動「アラブの春」をきっかけに燃え上がったシリア内戦にアラブや欧州などから1万1千~1万2千人の外国人戦士が流入。このうち西洋組は約3千人とみられている。

アラビア半島のアルカイダ

今回のフランス風刺週刊紙シャルリエブド銃撃事件で、再びスポットライトを浴びたのは「イスラム国」ではなく、「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」。

シリアとイラクをまたぐ地域にカリフ(イスラム社会の最高指導者に率いられた)国家の建設を目指す「イスラム国」と異なり、AQAPはテロ組織だ。

かつて中東イエメンに潜伏し、インターネットで過激思想を撒き散らしたAQAP指導者アンワル・アウラキ師(米軍の無人航空機攻撃で2011年9月に死亡)の影響を受けたイスラム系移民がテロリストになるケースが少なくなかった。

シャルリエブド銃撃事件で、シェリフ・クアシ容疑者は射殺される前、仏メディアの電話取材に「イスラム教の預言者ムハンマドを守りたかっただけ。イエメンのアルカイダの指令で動いている。イエメンでアウラキ師に渡航資金を提供してもらった」と話している。

兄のサイド容疑者も11年にイエメンに渡航、数カ月にわたって軍事訓練を受けた際、アウラキ師に会ったと報じられている。

クアシ兄弟が英語を話したかどうかは不明だが、アウラキ師は生前、巧みな英語でアイデンティティー・クライシスに陥った欧米のイスラム系移民をテロに駆り立てていた。

欧米社会で育った若者はアラビア語を十分に理解できないため、英語でアウラキ師が「殉教」を説けば、それがイスラム教の教えだと信じこんでしまうのだった。

撃たれた「表現の自由」

クアシ兄弟が風刺週刊紙シャルリエブドを標的にしたのはイスラム教の預言者ムハンマドを偶像化し、茶化すのを止めなかったのが原因とされている。

しかし、銃弾テロの狙いは風刺画を封殺すること以上に、西洋的価値の中心に位置づけられる「表現の自由」を標的にすることで西洋とイスラムの間に再び「文明の衝突」「宗教的対立」というクサビを打ち込むことにある。

08年の世界金融危機以降、欧州ではグローバリゼーション、欧州連合(EU)拡大への反発が強まり、移民への嫌悪が広がっている。特にイスラム系移民がやり玉に挙げられている。

移民排斥を訴える極右政党がオランダ、ギリシャ、ハンガリーなどで台頭し、フランスでは国民戦線(FN)が17年の大統領選で台風の目になるのが必至の情勢だ。

「イスラム国」の台頭でシリアに渡航したフランスのイスラム系移民は約1千人、このうち約200人が戦闘を経験してフランスにすでに帰国したとみられている。

そんな状況下で「表現の自由」が撃たれた。編集長や風刺画家が射殺されたシャルリエブド紙を支援するため、テロの発端となった「笑いを封殺しないなら、100回のムチ打ちの刑に処す」と話すムハンマドの風刺画を転載したメディアもある。

シャルリエブドの題字を取って「私はシャルリ(Je Suis Charlie)」「パリはシャルリ」というキャンペーンが世界中に広がった。筆者も最初はなぜ事件が起きたのかわかりやすくなると考え、「笑いを封殺しないなら、100回のムチ打ちの刑に処す」と話すムハンマドの風刺画を転載したが、すぐに取りやめた。

英国のイスラム系移民の指導者たちが「今回のテロは許されない。しかし、ムハンマドを揶揄する風刺画を掲載するのはやめてほしい」とTVで訴えていたからだ。

今、必要なメッセージは

「表現の自由」を攻撃することは許されない。ましてやテロは絶対に許してはならない。しかし、シャルリエブド紙の風刺画には、イスラムに対する理解を深めるより、誤解と偏見を広げる効果もあったことは否定できない。

イスラム系移民はTVで「私たちはムハンマドを親よりも大切にしなさいと言われて育ってきた。それを侮辱されたときの気持ちも理解してほしい」と悲しそうな表情を浮かべた。

ムハンマドの風刺画はどうしても西洋とイスラムの間に分断線を引いてしまう。「私はシャルリ」というスローガンにイスラム系移民が果たして、ためらいも覚えずに共感できるのだろうか。

例えば、黒人がバナナをくわえて木から落ちる風刺画は許されない。ユダヤ人がカネを数える風刺画は許されない。偏見が黒人差別やユダヤ人迫害を助長した歴史があるからだ。風刺画による「表現の自由」にも自ずと限度がある。

英国では人種や民族、宗教、障害などに起因するヘイトクライム(嫌悪犯罪)として(1)肉体への危害(2)ののしりや罵倒(3)つば吐きや侮辱的な仕草(4)脅かし、脅迫、苦痛を与えたりするなどの行為(5)学校や職場でのいじめ(6)放火(7)盗難や器物損壊(8)隣人とのもめごと――を取り締まり対象にしている。

インターネット上でもテロ対策インターネット・ユニット(CTIRU)が(1)人種・宗教的暴力を呼びかけるスピーチやエッセイ(2)加害者を称えるメッセージ付き暴力ビデオ(3)テロや暴力過激主義を呼びかけるチャット会議(4)宗教や民族への嫌悪をあおるメッセージ(5)爆弾製造の指示書――に監視の目を光らせ、違反があれば即座に閉鎖している。

小説『悪魔の詩』がムハンマドを冒涜(ぼうとく)しているとしてイラン最高指導者ホメイニ師(故人)が英作家サルマン・ラシュディ氏に「死刑宣告」を出したのは1989年。

欧米社会は「表現の自由」という原則を守るため、ホメイニ師の行動を非難し、「死刑宣告」とラシュディ氏にかけられた懸賞金の取り下げを迫った。

当時、米国の図書館には「どうしてイスラム教徒がこれほど怒るのか」を市民が理解できる資料はほとんどなかったという。

今大切なのは、国内向けに対テロ戦争やテロ対策の強化を華々しくぶち上げるよりも、西洋がイスラムへの理解を深め、西洋とイスラムが違いを乗り越えて寄り添えるメッセージを政治指導者が積極的に発信することだと思う。

しかし、欧州には「対立」という嫌な空気が垂れ込めている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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