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「欧州の政治不安」で日本の長期金利、史上初の0.2%台 円高・株安に振れる

木村正人在英国際ジャーナリスト

未知の領域

借金返済の大幅免除を求める急進左派が過半数に迫る見通しのギリシャ総選挙(今月25日実施)、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和(22日に判断)が争点になる中、日本の長期金利が6日、史上初の0.2%台まで下がってしまった。

これまでの最低は昨年12月につけた0.3%。この日、長期金利は一時0.288%をつけた。黒田バズーカ2も完全に未知の領域に入っている。

安倍晋三首相の経済政策アベノミクスと日銀の黒田バズーカ2(質的・量的緩和)が作り出した円安・株高も市場の巨額マネーの動きに吹き飛ばされてしまった。

アベノミクスがどうのこうの、黒田バズーカ2でデフレ脱却が確実になるのか、などと言っている場合ではなくなった。

ドイツのインフレ率(年間)は昨年12月時点でわずか0.1%。今月7日に発表される欧州単一通貨ユーロ圏(19カ国)の消費者物価指数(CPI)はマイナスに転じているとの見方が強まっている。ユーロ圏は間違いなくデフレの危機に瀕している。

これが、量的緩和を導入するかどうかを判断するECBの定例理事会を後押しすると市場はみている。ECBが量的緩和に動けばユーロは下がる。このため、ユーロは対ドルで9年ぶりの安値に近づいている。

ドイツのメルケル首相周辺が独誌シュピーゲルに、ギリシャ総選挙で左派政党連合、急進左派連合(SYRIZA)が勝って債務返済の大幅免除を求めるようなら、「ギリシャのユーロ離脱もやむなし」との見方を示したことが、ユーロ安にさらに拍車をかけている。

メルケル首相やショイブレ独財務相、欧州連合(EU)本部のあるブリュッセルの政策担当者は今なら、ギリシャを切り捨ててもアイルランドやポルトガルには飛び火しないと考えているようだ。

が、しかし2009年秋に欧州債務危機が始まってから、メルケル首相やEU官僚の読みが当たった試しはない。ユーロを崩壊の危機から救ったのはメルケル首相ではなく、ECBのドラギ総裁である。

隠れた欧州の債務問題

欧州では「北部」の銀行による「南部」への「貸し剥がし」や「貸し渋り」が広がっている。なのに、ギリシャ離脱によりユーロ参加国間の決済システムで債務不履行(デフォルト)が発生すれば、金融機関や民間企業はますますリスク回避に向かう。

ドイツやEUが強く出れば、ユーロ決済システムの不均衡という「隠れた債務問題」にスポットライトを当ててしまう恐れがある。そうした展開になると、それでなくても冷え込んでいる欧州経済はさらに悪くなると考えるのが妥当ではないか。

欧州の問題はギリシャにあるように見えるが、貿易黒字の国があればその一方で貿易赤字の国があるという基本的な経済原理をドイツが理解しようとしないところにある。

ドイツはユーロ安で輸出ドライブがかかるかもしれないが、ユーロ内で為替レートが固定されているギリシャの恩恵は限られている。

日本が金融バブル崩壊とその後、デフレを招いた3つの理由について、英紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、マーティン・ウルフ氏は次のように指摘する。

(1)1990年代、日銀がバブル退治のため金融を引き締め過ぎた

(2)97年に急激な緊縮財政策を追加した

(3)企業の内部留保を放置した

金融は緩め、財政は締め過ぎず、バランスシート調整が終わったあと大手企業が内部留保を積み上げるのを放置するなということだ。日本では、円安で過去最高益をあげた企業に賃上げや設備投資を促す政策が必要だ。

一つの政府、自前の中央銀行を持つ日本と比べて、ユーロ圏はいったんデフレに突入してしまえば協調して行動するのがさらに難しくなる。だから欧州はデフレに陥るリスクを避けるべきだとウルフ氏は強調している。

量的緩和の効果と出口

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日興アセットマネジメントの資料より抜粋

量的緩和の効果を見極めるのは難しい。大陸欧州に比べ、早期に量的緩和を導入した米国や英国は景気の戻りが早かった。しかし、持続的な成長につなげていくためには構造改革が不可欠だ。

英国では生産性の国際競争力が低下し、将来が今から危ぶまれている。大事なのは量的緩和の出口戦略を持っているかどうかだ。

専修大学経済学部の田中隆之教授が新著『アメリカ連邦準備制度(FRB)の金融政策』を筆者に送ってきて下さった。

FRBの金融政策の歴史に始まり、08年の世界金融危機後の日米欧中央銀行の超金融緩和策、第二次大戦後と現在のFRBの出口戦略がわかりやすく解説されていて、一気に読み通すことができた。

FRBはすでに出口戦略に入っており、英イングランド銀行も今年後半には利上げに踏み切るとみられている。量的緩和の出口には、どんなシナリオが待ち受けるのか。

(1)戦前の日本やドイツのように軍部やナチスに抗し切れず、開戦、敗戦の道を突き進み、崩壊する。

(2)財政規律を失い、ハイパーインフレに見舞われる。例はジンバブエ、アルゼンチンなど。

(3)戦後、英国のように通貨の切り下げとインフレ税で膨大な政府債務を劇的に削減。しかし、失業とハイインフレという「英国病」に苦しむ。

(4)第二次大戦の戦中、戦後にかけてFRBは国債の長期金利に上限を設けるなどして、国内総生産(GDP)比で120%程度の政府債務を減らすのに成功。

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PIMCOの資料より

田中教授は、現在の米政府債務はGDPの120%程度、FRBの国債保有残高もGDPの10%程度と戦中・戦後と同じレベルまで膨れ上がっていると指摘。その上で「しかし今回は、債務残高の削減も、FRBの資産保有の『出口』も、ともに当時より困難だ」と分析している。

生産年齢人口の減少とゼロ近い潜在成長率という難題を抱える日本は政府債務残高も、日銀による国債保有(GDP比)もFRBをはるかに上回っている。

流動性が低くリスクが高い資産を日銀が抱え込んでしまった日本は短期的には良くても、中・長期的には(3)の「英国病」の道を進むという見方が次第に強まっている。

これに対し、金融引き締め派・ドイツ連銀の影響が強いECBのバランスシートは、流動性が高くリスクが低い資産が多く、放っておいても元に戻ってしまう。ECBはデフレ入りを回避するため、迷わず量的緩和に踏み切るべきだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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