「靖国には参拝しない」は安倍首相と王毅大使の密約!?

2006年中国公式訪問

元駐フランス中国大使で、中国国家革新・発展戦略研究会の呉建民常務副会長が22日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で講演したあと、筆者の取材に応じた。

筆者「確認したいことがあります。講演の中で2006年10月に1期目の安倍晋三首相が中国に公式訪問する前、靖国神社には参拝しないと安倍首相が王毅駐日大使(現外相)との会談で約束したと話されましたが、本当ですか」

筆者の取材に応じた呉副会長(筆者撮影)
筆者の取材に応じた呉副会長(筆者撮影)

呉副会長「靖国神社には参拝しないということが安倍首相と王大使の間の理解(Understanding)になっていました。この理解を前提に安倍首相は2006年に中国を公式訪問したのです」

筆者「11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、安倍首相と中国の習近平国家主席は会談するでしょうか」

呉副会長「双方の話し合いですが、私はそうなることを望んでいます」

呉副会長は北京外国語大学卒業。1959年に中国外務省に入省し、毛沢東、周恩来のフランス語通訳を務めたことがある。94~95年、駐オランダ大使、96~98年、駐ジュネーブ国連事務所常任委員、98~2003年、駐フランス大使。

元中国外交学院院長で、中国外務省外交政策諮問委員会委員などを務める中国外交の大ベテランだけに、LSEでの講演会は超満員。

3つのNOと3つのYES

習近平体制になってから「中国の夢」が掲げられ、トウ小平氏の遺訓「韜光養晦(とうこうようかい)」の平和発展路線を転換したとの見方が強まっていた。

しかし、呉副会長は低姿勢で「3つのNO」と「3つのYES」が中国の外交方針だとアピールした。

3つのNO

・拡張主義 中国は領土問題で拡張主義をとらない。

・覇権主義 地域の覇権国を目指さない。

・同盟 軍事同盟を結ばない。

3つのYES

・平和 係争事案については平和的に解決する。

・発展

・国際協力

「トウ小平から習近平まで中国の外交方針は平和的発展戦略で一貫しています」と呉副会長は強調した。

駐英中国大使でも、傅瑩前大使と劉暁明現大使では態度が全然、違う。

2008年、チベット弾圧をめぐる北京五輪聖火リレーへの抗議活動を受け、「タヌキ顔」の傅瑩前大使は北京五輪マスコットを持参して、ひたすら低姿勢で理解を求める姿が印象に残っている。

これに対して、「オオカミ顔」の劉暁明現大使は、尖閣や安倍首相の靖国参拝の問題で容赦のない日本批判を展開した。日本は軍国主義と宣伝し、日米同盟の間を尖閣というクサビで切り裂こうとしているように見えた。

「タヌキ顔」はトウ小平路線、「オオカミ顔」は中国は米国と対等だから太平洋は半分よこせという対米強硬路線。筆者は大雑把にこう分類できると考えている。呉副会長は完全な「タヌキ顔」だ。

呉副会長が、情報技術関連企業アリババ・グループがまだ30~40人の規模だった時代にジャック・マー会長に会ったエピソードを紹介。「マー会長はインターネットを中国市場に適応させていると話していました。彼は今、大空を飛んでいます」

トウ小平訪日の原点に帰れ

日中関係についての呉副会長の発言は非常に興味深かった。「日中関係はとても、とても大切です。1978年10月にトウ小平は訪日しました。翌79年には訪米したあと、再び日本を訪れています」

78年8月には日中平和友好条約が結ばれている。トウ小平は新幹線に乗り、「速い。とても速い。後ろからムチで打っているような速さだ。これこそ我々が求めている速さだ」と感想を述べている。

日本記者クラブでの会見では、「尖閣棚上げ論」を明言。このときのトウ小平発言の日本語訳を掲載しておこう。

「尖閣列島は、我々は釣魚諸島と言います。だから名前も呼び方も違っております。だから、確かにこの点については、双方に食い違った見方があります。中日国交正常化の際も、双方はこの問題に触れないということを約束しました」

「今回、中日平和友好条約を交渉した際もやはり同じく、この問題に触れないということで一致しました。中国人の知恵からして、こういう方法しか考え出せません。というのは、その問題に触れますと、それははっきり言えなくなってしまいます」

「そこで、確かに一部のものはこういう問題を借りて、中日両国の関係に水を差したがっております。ですから、両国政府が交渉する際、この問題を避けるということが良いと思います。こういう問題は、一時棚上げにしてもかまわないと思います。10年棚上げにしてもかまいません」

「我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう」

トゲになった尖閣国有化

要するに呉副会長は78年に戻って日中の友好を考えようとメッセージを送ってきているように筆者には感じられた。中国側がその障害と考えているのが尖閣の国有化と首相の靖国参拝だ。

「尖閣を日本政府が購入する前、胡錦濤国家主席が野田佳彦首相(いずれも当時)に『この問題は非常に繊細だから、話し合いましょう』と言っているのに、野田首相は尖閣の国有化を決めました。そのため、日中戦争でひどい目にあわされた中国人の怒りに火がつきました」

「昨年1月、公明党の山口那津男代表が習近平国家主席と会談した際、メッセージを携えて来ました。公明党は自民党と連立を組んでいます。それなのに安倍首相は靖国神社に参拝しました」

呉副会長は日本を批判しているというより、哀願しているように聞こえた。「日本は約束したことがあります。日中双方が現在の危機から抜け出せることを望んでいます」という。

筆者の取材に、呉副会長は「安倍首相は王毅大使との会談で靖国に参拝しないことを約束した」という講演内容を「2人の間の理解」に言い変えて、安倍首相の立場に配慮を示した。

習近平国家主席になってから中国は独善外交が目立つようになり、回りを見渡せば友だちはロシアのプーチン大統領だけという苦境に陥ってしまった。

国際社会での孤立を避ける中国の方針転換で、尖閣に対する中国の圧力が弱まると考えるのは早計だ。中国が経済と軍事で米国に対する優位を築くまで時間を稼ごうとしている恐れは十分にある。

しかし、日本側から尖閣や靖国で日中関係を先鋭化させる意味がどれだけあるのかを真剣に考えなければならない。

(おわり)