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【スコットランド独立投票】賛成派が反対派上回る世論調査の衝撃

木村正人在英国際ジャーナリスト

スコットランド地方の独立を問う住民投票がいよいよ9月18日に迫る中、7日付英日曜紙サンデー・タイムズと世論調査会社YouGovの世論調査で、スコットランド独立に「賛成する」が51%、「反対する」が49%となり、初めて賛成派が反対派を上回った。

独立反対キャンペーンをはってきた保守党と労働党など主要政党だけではなく、バッキンガム宮殿(英王室)にも大きな衝撃が走っている。スコットランド出身で労働党のダーリング前財務相はサンデー・タイムズ紙に「スコットランドが英国に留まることを望むなら、18日には絶対投票に行こう。そうしないと永久に離れ離れになる」と警鐘を乱打している。

他の世論調査ではまだ反対派が52%で賛成派の48%を4ポイントリードしているとはいえ、18日の住民投票はかなりの接戦になるのは間違いない。たとえは適切ではないのかもしれないが、これは離婚に似ている。嫌々、結婚生活を送ってきた妻(スコットランド)と、諸事情から別れたくない夫(イングランド)。

感情を優先すれば絶対に離婚しか考えられない妻は、経済的な利益を優先して400年以上も結婚生活を送ってきた。しかし、自分で独り立ちしようと20年近くコツコツ努力を積み上げてきた結果、もう少し頑張れば自立できるという自信が膨らんできた。

「このまま嫌な夫にしがみついていると、一生、不本意な人生を送らないといけない。リスクはあるかもしれないが、思い切って飛び出してみよう」。そんな気持ちがスコットランドにはみなぎっている。

サッカーの人気クラブ、マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン元監督を見てもわかるように、スコットランド出身者の中には強烈な個性を放つ人が多い。イングランドに侵略され、支配されてきた者たちがDNA(遺伝子)に宿す「不屈の魂」が彼らからはほとばしる。

しかし、スコットランドが独立したら、一番困った立場に追い込まれるのはスコットランド以外の英国で暮らすスコットランド出身者だ。住民投票の投票権を持つのは現在のスコットランド居住者に限られている。スコットランド以外のスコットランド出身者の大半は独立に反対している。

スコットランド民族党(SNP)のNicola Sturgeon副首相は「18日の住民投票に勝利するためにやらなければいけないことは山ほど残っている。私たちはまだまだ劣勢だが、熱意と自信にあふれている」と檄を飛ばしている。

もし、賛成派が多数を占めたらどうなるか、今後のタイムラインをおさらいしておこう。

2014年9月18日スコットランド独立を問う住民投票

賛成派多数なら、通貨、財政、債務、基地、国家元首、北海油田の利権、英国議会選などについて協議

2015年5月7日英国議会選

2016年3月24日イングランド独立の日

2016年5月5日スコットランド議会選

賛成派と反対派の勢いが完全に逆転したのは、SNP党首、サモンド行政府首相とダーリング前財務相が8月25日に行った2度目のTV討論。サモンド氏が直後の世論調査で71%の支持を得て圧勝するという衝撃的な結果が出た。

8月5日の第1回TV討論では、独立後も英国の通貨ポンドを使用するというサモンド氏をダーリング前財務相がやり込め、56%対44%で勝利を収めていた。

サモンド氏は侮れない政治家だ。2度目のTV討論では、スコットランド住民の「負託」という言葉を何度も使い、独立にストップをかけるため宿敵の保守党と共闘する労働党を「スコットランドの子供たちを貧困に追いやる保守党と手を結んだ」と攻撃した。

家庭生活に不満を持つ妻(スコットランド)と別れたくなかったら、夫(イングランド)は大幅に譲歩するしか道は残されていない。差し迫った問題として、双方には核ミサイル原子力潜水艦の基地と通貨をどうするかという問題がある。

英国には軍港が3つあり、そのうちスコットランド西側の入江にあるクライド海軍基地が核ミサイル搭載型ヴァンガード級原子力潜水艦の基地として使われている。

スコットランド独立後、SNPは通常兵器の軍港にする予定だ。核ミサイルを搭載しないアスチュート級攻撃型原潜、トラファルガー級攻撃型原潜も移行期が過ぎると入港できなくなる。

英国は現在、クライド海軍基地に潜水艦基地を集約させる計画を進めているが、スコットランドが独立した場合、デヴォンポート海軍基地などに計画を移す必要に迫られる。

デヴォンポート海軍基地が核ミサイル搭載型ヴァンガード級原潜を受け入れることができるかどうか。地元住民の反対運動も予想される。原潜による核抑止力と空母の前方展開能力は英国の外交・安全保障政策の根幹をなしており、スコットランド独立はその大前提を崩すことになる。

通貨の問題では、サモンド氏は2回目の論戦で、英国がポンドの使用を認めなかった場合、(1)スコットランドの負債1430億ポンドを引き受けない(2)独自通貨を持つ(3)ポンドとの交換レートを固定する――という代替策を示して、逆転に成功した。

ポンドを使わせてもらうことができなかったら、借金を踏み倒して独自通貨を持つだけだという覚悟をサモンド氏は示し、スコットランド住民の圧倒的な支持を獲得した。

スコットランドは1314年にイングランド軍を破った「バノックバーンの戦い」から700周年を迎え、民族意識が高揚している。

スコットランド独立のために戦ったウィリアム・ウォレスの生涯を描いた米映画『ブレイブハート』を観てもわかるように、スコットランドのアイデンティティはイングランドの侵略と支配に抵抗することを源泉としている。

「独立」という言葉は今なおスコットランド魂を揺さぶるのだ。しかし、感情に流されると、ろくなことがないのが離婚も独立も同じだ。

独立がどちらにとって損か得か、ソロバンを弾いてみることが大切だ。

スコットランドが独立すれば、英国は32%の土地と8%の人口を失う。2010年総選挙の結果からスコットランドを取り除くと保守党が単独過半数を獲得する。平均寿命は男性が0.4歳、女性が0.3歳延びる。

現在、1人当たりの税負担はスコットランド1万ポンド、英国全体では9200ポンド。1人当たりの歳出はスコットランド1万2300ポンド、英国全体1万1千ポンド。

独立すればスコットランドは1人当たり1千ポンド得をするという試算もあれば、英国内に残留した方が1400ポンド得という別の試算もある。

最近、こんなひそひそ話を耳にした。日本企業は、スコットランドへの投資は今のところ18日の住民投票の結果待ちの状態になっているというのだ。独立した場合、かなりの混乱が予想される。リスク回避のため、様子見する企業が大半ではないのだろうか。

スコットランドの独立は、カトリック系住民が英国からの分離とアイルランドへの併合を求める北アイルランド地方へ波及し、英国を四分五裂の状態に陥れる恐れがある。

狡猾なナショナリスト、サモンド氏の戦略は、スコットランドだけでなく、イングランド地方の民族意識もあおる反作用を引き起こしている。

カーディフ大学がイングランドの3695人にアンケートしたところ、スコットランドが独立した場合、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)加盟に反対するが36%で、賛成するの26%を上回った。

英国に留まった場合でも、スコットランド選出の下院議員がイングランドの事柄に投票できる権限を取り上げるという意見が62%にのぼっている。

住民投票はスコットランドとイングランドの間に横たわる複雑な感情を完全に呼び覚ましてしまった。

(おわり)

英国ニュースダイジェストに寄稿した「スコットランド独立投票―ナショナリストが広げる溝」を参考にしました。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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