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中川翔子さん、捨て猫を「保健所に連れて行くなっ」騒動が物語る日本の寒さ

木村正人在英国際ジャーナリスト

悪いのはいったい誰?

「この2匹を保健所に連れて行きました 飼い主さん見つからなかったのとても悲しいです」という一般人のツィートに、人気タレントの中川翔子さんが「保健所に連れて行くなっ」とツィートしたことがネット上で話題になった。

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筆者は翔子さんがアイドルデビューする前から知っているので、少しだけ肩を持ちたくなった。

翔子さんのママは東京でカラオケバーを経営していて、筆者はその店の常連客だった。「翔子があなたの歌うまいと言ってたわ」なんていう甘い言葉におだてられては新しいボトルをいれさせられていた。

その翔子さんも今や押しも押されもせぬ大スター。ツイッターのフォロワーは35万8732人。つぶやきの一言一句が大きな社会的影響力を持つ。

筆者の目からは、最初につぶやかれた方も、翔子さんも、どちらも悪くない。道端で「みゃ~みゃ~」泣いている子猫を見て、心傷まない人はいないだろう。でも、人間一人の力には限界がある。

2人ともツイッターという便利なツールを使って、社会に「SOS」を発しただけなのだ。じゃあ、悪者は誰かと言えば、引き取り手のない犬や猫を殺処分にしている保健所なのか。それは違う。

犬や猫を捨てる人が悪いと非難することもできるが、止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。引き取り手を探した後、保健所に連れて行くしかなかったというのは、もはやどうしようもないことだ。

翔子さんが「保健所に連れて行くなっ」とつぶやいたのは、「私がSOSを発してみるから、ちょっと待って」という意味だ。翔子さんがはったリンクの中には、猫の保護活動をボランティアで続けられている方もいた。

日本では連れて行く場所が思い浮かばない

やはり問題なのは捨て猫や迷い犬を見つけたとき、日本では連れて行く場所が保健所しか思い浮かばないことだろう。

引き取った保健所でも、新しい飼い主とうまくやっていけると判断した猫や犬については、きっちり飼育していく能力のある飼い主に譲渡している。しかし、それ以外は殺処分になっているのが悲しい現実だ。

環境省の2012年度統計では、全国で引き取られた犬や猫は飼い主からが4万9064匹、飼い主がわからないケースは16万324匹にのぼっている。

筆者作成
筆者作成

このうち飼い主のもとに戻ったのは1万6452匹、新しい飼い主に譲渡されたのが3万1675匹。16万1847匹が殺処分にされた。翔子さんが心配するように保健所に連れて行くとよほど幸運でない限り77%の確率で殺処分にされてしまうのだ。

しかし、年々、引き取られる犬や猫の数は減り、殺処分になる数もそれに合わせて減少している。

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英国にある犬や猫の「駆け込み寺」

ロンドンの拙宅では老猫を2匹飼育していたが、潮が引くように相次いで亡くなってしまった。今は近所の飼い猫が家の中に入り浸りになっている。

余談だが、猫の避妊手術は英国では、オス猫のタマタマを小さい頃に抜いてしまうことが多いようだ。

動物福祉法(旧動物保護法)でペットに適切な「すみか」を提供する義務が飼い主に課されているのにもかかわらず、英国でも推定で年13万匹の犬が捨てられ、1時間に1匹の割合で殺処分にされている。

世界金融危機の後遺症で収入が激減し、持ち家から借家への引っ越した人が犬や猫を飼うのをあきらめるケースが急増。家が汚されるのを嫌がって犬や猫の飼育を禁じる貸主が多いのだという。

そういう人たちのための「駆け込み寺」がロンドンにはある。ペット福祉施設「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」だ。毎年9千匹の犬や猫を引き取って、世話をしている。筆者は老猫2匹の追悼の意味を込めて毎月わずかながらホームに寄付している。

ホームの歴史は古い。1860年に迷い犬や餓死寸前の犬を引き取る施設として設立された。創設者はメアリー・ティールビー(1801~65年)。結婚生活に恵まれなかったメアリーは、友人が道端で見つけてきた犬を引き取って看病するが、3日後に死んでしまう。

「こんなにかわいそうな状況に置かれた犬を救うための施設を作りたい」。メアリーは傷ついた野良犬を次々と自宅に引き取り、元気になるまで面倒を見た。寄付を募ってホームを設立する。

ディケンズの支援

しかし、変人扱いされ、英紙タイムズに「野良犬を助けて何になる」と酷評される。そんなとき救世主が現れた。『二都物語』などで日本でも有名な小説家チャールズ・ディケンズ(1812~70年)だ。ディケンズは苦境に立たされるホームを支援する記事を書く。

メアリーの運動を支援する輪は広がった。現在では、エリザベス女王も後援者の一人だ。ホームでは、元の飼い主が見つかるまで迷い犬や猫を一時預かっているほか、しつけをし直して新しい飼い主に譲り渡している。

虐待された犬や猫の心を解きほぐすには時間がかかる。猫の場合、ボランティア職員が同じ部屋に入って、人になつくまでなでなでしてやったりするのだ。

キャメロン首相になってから、同ホームの猫ラリーが首相官邸に引き取られた。ホームの運営費用はすべて寄付金でまかなわれており、王室も政治もメアリーの遺志をサポートしている。

ホームから犬や猫を譲ってもらおうと思っても、そう簡単にはいかない。収入や住宅の構造、家庭環境が徹底的にチェックされるからだ。「バタシー・ドッグズ&キャッツ・ホーム」の犬や猫を飼っていると言えば、それだけで社会的なステータスになる。

日本でもこんな施設があれば、保健所に行くしかないという状況は、少しはやわらげられるのでないか。「それは自己満足や偽善に過ぎない」という批判を浴びたとしても、非情な社会にさす一筋の光明になってくれるはずだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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