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【終戦の日に考える】「御霊」にとりつかれた安倍首相 やはり「靖国」への思いは断ち切れぬ

木村正人在英国際ジャーナリスト

首相式辞で一番多いキーワードは「平和」

戦後69回目の全国戦没者追悼式で、安倍晋三首相は「平和への誓いを新たにする日」と述べる一方で、「貴い犠牲の上に、私たちが享受する平和と繁栄があります」「ふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも決して忘れません」と「御霊」への思いを強調した。

安倍首相の式辞から何が読み取れるのか。村山富市首相の戦後50年談話と翌1996年以降の全国戦没者追悼式の首相式辞を「平和」「不戦の誓い」など14個のキーワードで分析してみた。

使用頻度が一番多いキーワードはやはり「平和」で78回。「謙虚」と「御霊」が22回。「反省」と「アジア」が21回と続く。その次が「教訓」で17回。「損害と苦痛」が13回だ。

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筆者作成
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前回のエントリーでも指摘したが村山談話のポイントは3つ。

(1)「植民地支配と侵略(aggression)」

(2)「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛(tremendous damage and suffering)を与えた」

(3)「それに対して痛切な反省の意と心からのお詫びの気持ちを表明する(express my feeling of deep remorse and state my heartfelt apology)」

(1)「植民地支配と侵略」は、村山談話で使われただけで、その後の首相式辞では1度も使われていない。(3)「反省とお詫び」のうち、「お詫び」が使われたのは村山談話だけ。しかし、「反省」は昨年と今年の安倍首相の式辞以外では、全員が使用している。

第1次政権では「反省」を2度使った安倍首相

「反省」を談話や式辞の中で2度使ったのは、村山談話と2006年の小泉純一郎首相の式辞と07年の安倍首相の式辞だ。これをどう読み解くかは、2通りあると筆者は考える。

まず、前回は「小泉流」を継承した。2人の式辞を比較すると、小泉首相が「平和」を4回使っているのに対して、安倍首相は3回。それを除くと、式辞の中で使っているキーワードも回数もピタリと一致している。

次に考えられるのは、06年10月に安倍首相は1999年の小渕恵三首相以来、初めて中国を公式訪問、「戦略的互恵関係」を築くことで一致しており、小泉首相の2度の「反省」は公式訪問に向けての地ならし、安倍首相の2度の「反省」には答礼の意味が込められていたという仮説だ。

では、昨年と今年の安倍首相の式辞から読み取れるメッセージは?

中国共産党の機関紙「人民日報」の国際版「環球時報」の英語版は、「安倍は靖国神社問題で態度を和らげ、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で中国の指導者は彼と会談するかもしれないが、日中関係が改善するのは依然として不可能であることが予想される」と伝えている。

11月に北京で行われるAPEC首脳会議で日中首脳会談が実現したとしても、それはホスト国としての配慮であって、日中関係の本格的な改善は見込めないというわけだ。

「環球時報」を読む限り、習近平国家主席は、日中関係の見直しは両国の国力格差がもっと開いてからで十分と考えているふしがある。

安倍首相の式辞からは「反省」が消えているのは、その原因か結果かはわからない。しかし、日中関係の本格的な改善は当面、見込めない可能性が高いことをうかがわせている。

「御霊」の使用回数は4回と突出

昨年と今年の安倍首相の式辞からは「反省」のほか、「不戦の誓い」「損害と苦痛」「アジア」という言葉も消えていた。これに対して、「御霊」という言葉は歴代首相が式辞の中では1度しか使わなかったのに、安倍首相の場合、2年連続で4度も使用している。

これはかなり突出している。安倍首相は2012年の自民党総裁選で「国の指導者が参拝し、英霊に尊崇の念を表するのは当然だ。首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ」と表明。13年12月に靖国神社を参拝し、国内外を騒然とさせた。

日米同盟に配慮して、靖国参拝を自粛することは、安倍首相にとって相当な我慢を要するようだ。ここまで「御霊」を連呼されると、日中、日韓関係がいつまでも動かなければ安倍首相の靖国参拝は任期中にもう一度あるのではないかと思わせてしまう。

安倍首相は12年11月の日本記者クラブ主催の党首討論会で「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本がまるで事実かのように日本中に伝わって問題が大きくなった」と発言。朝日新聞は結局、誤報を認め、記事の一部を取り消した。

朝日新聞の誤報が「毒樹の果実」をまき散らし、それを取り除くため、保守のメディアや政治家が20年以上にわたって「否定」を声高に繰り返してきた。安倍首相はその先頭に立ってきた。その意図は「毒樹の果実」を排除することのみにとどまるのか、どうか。

首相式辞で気になるのは安倍首相の「教訓」の使い方だ。

昨年は「歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ」、今年は「歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら」とし、歴代首相の何人かが使った「先の大戦から学びとった多くの教訓」という言い方を微妙に変えている。

日英戦後和解を振り返ると、戦争には「加害」と「被害」の両面があり、「加害」の認識なしに和解は進まない。程度と時期の問題はあるにせよ、歴史教育で加害の側面についても学ぶことは国際性を養う上で欠かしてはいけないプロセスだ。

「加害」を認めても、決して「戦没者の御霊」を辱めることにはならない。歴史への懐疑主義という猛毒が日本中に回らないうちに、安倍首相にはもう一度、歴史教育について考え直してほしい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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