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W杯、ブラジルを粉砕したドイツ的強さの秘密

木村正人在英国際ジャーナリスト

もろさをさらけ出したブラジル

サッカーの2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会準決勝で、ドイツは開催国ブラジルを7-1で粉砕した。

エース・ネイマールが脊椎骨折。主将チアゴシウバが累積警告で出場停止になり、ルイスがDFラインを率いた。が、ドイツの攻撃陣にあっという間に引き裂かれてしまった。

英イングランド・プレミアリーグの人気クラブ、チェルシーで活躍するルイスは攻撃型DFで、守りに穴ができることは容易に予想できた。ドイツに攻め勝つという作戦は完全に裏目に出た。

それにしても、これだけ無残なカナリア軍団は見たことがない。守備システムが稚拙すぎた。

自国開催という最高の舞台で、サッカー王国ブラジルが見せた最悪のサッカー。元ドイツ代表GKカーンはロイター通信に「彼らは試合の前も後も泣いていた。プレッシャーに打ち勝つ経験がなかった」と語っている。

ブラジルでは昨年6月、W杯のリハーサルを兼ねて行われたコンフェデレーションズカップの最中、100万人を超える抗議活動が吹き荒れた。「サッカーのスタジアムより病院にベッドを」「スタジアム建設に絡んで汚職が行われている」と市民が怒りの声を上げた。

コンフェデ杯やW杯開催に続き、16年にはリオデジャネイロで夏季五輪が開催される。しかし、政治腐敗、汚職、警察の横暴、悲惨な公共サービス、街頭犯罪などの問題は解消されていない。

W杯でブラジル代表がさらけ出したもろさは、経済の高成長が急減速したブラジルの抱える問題そのものを浮き彫りにしている。

充実するドイツM世代

「フットボールは単純だ。22人がボールを奪い合い、最後はドイツが勝つ」(1986年W杯メキシコ大会得点王、元イングランド代表主将リネカー)という言葉は有名だ。

しかし、1970~90年代には最強を誇ったドイツ代表も2000年のUEFA欧州選手権でどん底を迎える。ドイツはグループリーグでポルトガルに0-3、イングランドにも0-1で敗れるなど1分2敗に終わり、敗退した。

1989年にベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツは統一されたものの、サッカーのドイツ代表は純血主義にとらわれたままだった。

旧西ドイツは1960年代以降、トルコ、ギリシャなどから出稼ぎ労働者を受け入れてきた。いずれは母国に帰国すると考えていた出稼ぎ労働者はそのままドイツに残った。

このため、99年、同国政府は移民対策として、厳格な血統主義を守ってきた国籍法を緩和して出生地主義を導入した。

98年W杯フランス大会までドイツ代表は純血チームだったが、次の2002年日本・韓国大会から移民背景を持つ「M(多文化主義)世代」が徐々に増え始めた。

今大会、ブラジル戦のドイツ先発メンバーをみる――。

M世代の新星エジル。トルコ系移民の第3世代で、試合前にはドイツ国歌でなくイスラム教の聖典コーランを唱える。「父親はドイツで育った。トルコは自分にとって特別な国であり続けるが、ドイツ代表としてプレーすることを一度も疑ったことはない」という。

W杯通算最多得点16を記録したFWクローゼはポーランド生まれ。7歳のときドイツに移住したが、家庭ではポーランド語。DFボアテングはガーナ系、MFケディラはチュニジア系、DFヘーヴェデスはノルウェー系。

もはや、移民背景を持つ選手がいなかったら代表チームが組めなくなる。これに対し日本とロシアの代表チームは純血主義を守っているのに監督はイタリア人で、いずれもグループリーグで敗退した。

もはや世界のサッカーに純血主義は通じない。

成功した選手育成

早稲田大学大学院スポーツ科学研究科のサイトで公開されている三澤翼さんの修士論文「ドイツブンデスリーガにおけるユース育成に関する研究」によると、ブンデスリーガは2000年の敗北以降、ユース育成の強化に取り組んだそうだ。

1 部では「8 人は地元出身」、2 部では「15~21 歳の最低3年間はドイツ国内で育成された 8 人の選手と契約。そのうち 4 人はユース出身」というルールを設定。外国人選手枠を撤廃する一方で、最低12人の「ドイツ人選手枠」を設けた。

クラブが若手選手の育成などに力を入れるような仕組みを導入。08年のU-19欧州選手権、09年のU-21欧州選手権 などで優勝している。

エジルやボアテングなどのM世代はこうした若手育成策が結実した結果なのだ。また、ドイツのスポーツ政策にも注目する必要がある。

国民のスポーツ活動を支援するドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB)の登録者数は10 年現在で人口の約3分の1に当たる 約2763万人。競技別では、サッカー連盟は首位で約 676 万人という。

英メディアは不甲斐ないイングランド代表に比べ、黄金期を取り戻したドイツ・サッカー界の取り組みを見習えと指摘している。ザッケローニ前監督には申し訳ないが、世界サッカーの潮流はイタリアではなく、間違いなくドイツにある。

2020年に東京五輪・パラリンピックを開催する日本もドイツのスポーツ政策に見習うところがたくさんあると筆者は考える。

欧州統合の影響

ドイツのメルケル首相は6月、ブラジルまで応援に駆け付け、「サッカーのドイツ代表チームは私たちの国のロールモデル。エジル選手が国のヒーローとして祝福されることは素晴らしいことよ」と絶賛した。

筆者がそれ以上にすごいと思ったのは、ドイツ代表メンバーで、ポーランド生まれのポドルスキ(イングランド・プレミアリーグのアーセナル所属)がメルケル首相と一緒に撮影した「セルフィ(自分で自分の写真を撮影すること)」をツイッターにアップしたことだ。

ポドルスキとメルケル首相のセルフィ
ポドルスキとメルケル首相のセルフィ

ポーランドとドイツの歴史的な確執はなくなりつつある。これはドイツが戦後和解に取り組んできたことや、東西ドイツ統一をバネに、欧州連合(EU)の統合と深化を後押ししてきたこととも決して無縁ではない。

再び黄金期を迎えたドイツは1990年イタリア大会以来となる4度目のW杯を手にすることができるのか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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