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尖閣めぐるチキン・ゲームが始まった 激しさ増す日米VS中国の攻防

木村正人在英国際ジャーナリスト

米国のシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のマイケル・グリーン元国家安全保障会議アジア上級部長が13日、ロンドンのシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で開かれた討論会に参加した。

CSISが発表した調査報告書「アジアにおけるパワーと秩序」をもとに日米中関係の裏話も加え、現状と課題を詳細に解説してくれたので、非常に役立った。CSISの調査は朝日新聞も後援、紙面で報告したのでご存知の方も多いだろう。

ロンドンでは最近、連日のようにアジア安全保障をめぐる議論が行われている。沖縄・尖閣諸島をめぐる緊張は駆け引き(ポーカー・ゲーム)の段階を過ぎ、抜き差しならないステージ(チキン・ゲーム)に突入している。

東シナ海の公海上空での自衛隊機と中国軍戦闘機の異常接近や、朝日新聞が報じた中国軍艦が海上自衛隊の護衛艦と哨戒機に射撃用の火器管制レーダーを向けたと疑われる事案はその一端に過ぎない。

グリーン氏の解説に筆者の個人的見解を加えながら、日本が今、何をすべきかを論じてみたい。筆者の個人的見解の部分は囲んで【筆者】と記し、グリーン氏の解説と区別した。グラフはCSIS報告書から引用する。

中国の台頭

CSISは、日米のほか中国、韓国、台湾、インド、豪州、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の外交専門家計402人にアンケートを実施。

(CSIS報告書から筆者作成)
(CSIS報告書から筆者作成)

グラフを見てもわかるように次の10年で、中国が東アジアで最も力を持つと考える国が増えている。全体の53%が「中国」と答えた。

(同)
(同)

日本やインドを除くと、東アジアの大半の国が中国を最も大切な経済パートナーと考えている。

日米中の外交戦略

米国の戦略には大きく分けて、大陸を重視する「大陸主義者」(キッシンジャー元米国務長官)と、シーレーン(海上輸送路)をコントロールする者が世界を支配するという「海洋主義者」(マハン)の戦略がある。オバマ米政権も2つの戦略に左右されている。

オバマ大統領が最初に米国に招いたのは日本の麻生太郎首相(2009年2月)。これは海洋主義者の戦略。方や、オバマ大統領の訪中と胡錦濤国家主席の会談(同年11月)は大陸主義者の戦略に基づくものだ。このとき米中首脳は互いに「ウィン・ウィン」の関係を望んでいた。

ホワイトハウス、米議会、シンクタンクの中には決して少なくない大陸主義者が存在して、東シナ海と南シナ海で緊張が高まっているのは日本やベトナム、フィリピンが悪いと考えていた。ワシントンには対中外交に関する強固なコンセンサスは存在しない。

13年になって、中国の習近平国家主席が「新型の大国関係」を呼びかけ、2期目のオバマ政権が応じる構えを見せたことから、安倍政権に動揺が走った。同年11月に中国が尖閣を含む東シナ海上空に防空識別圏(ADIZ)を設定するまで、中国の戦略はかなり成功を収めていた。

一方、戦後日本の外交戦略は3つに大別できる。

【吉田ドクトリン】

対米関係を重視しながらも、朝鮮戦争やベトナム戦争などアジアでの紛争には関与しない。

【岸・安倍ドクトリン】

対米関係を最優先にし、アジアに積極的に関与する。現在、日本は「吉田ドクトリン」ではなく、「安倍ドクトリン」に明確にシフトした。

【民主党の鳩山由紀夫元首相の外交政策】

対米依存から脱却し、アジアへの関与を強める。

中国は08年の世界金融危機をきっかけにトウ小平氏の遺訓「韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで力を蓄える)」の平和台頭路線を改め、習近平氏は13年、強兵路線を意味する「中国の夢」を掲げ、前方展開力を増強するため空母建造などを加速させている。

チャタムハウスの中国専門家ケリー・ブラウン氏(元英外交官)は「東シナ海も南シナ海も中国は自国の領土と考えているので、日本やベトナム、フィリピンとの外交問題は存在していない。国内問題として処理される」と断言する。

米ボストン大学のトーマス・バーガー教授は、中国は12年9月の尖閣国有化を「屈辱」と受け止め、公式に領土問題を歴史問題に結びつけたと解説。その上で筆者に「日中は尖閣をめぐってスローモーションのチキン・ゲームに突入している」と指摘する。

石原慎太郎元東京都知事が12年4月に明らかにした尖閣購入計画は、石原氏の一時的な人気取りにはなっても、尖閣をめぐる日本の法的立場を強めたわけでも何でもない。中国の権力移行期に行われた民主党の野田政権による国有化は、習近平氏が対日強硬路線と強兵路線を進める口実に使われてしまった。

習近平氏が防空識別圏の設定を強行せず、もう少し賢く振る舞っていれば、日米同盟に亀裂が入っていた恐れは十分にある。この半年、安倍晋三首相の懸命の外交努力でオバマ大統領から「尖閣防衛義務」の言質を引き出し、安全保障上、「日米VS中国」の構図に持ち込んだのは見事な外交的勝利だった。【筆者】

チキン・ゲーム

「他国に領土を奪われた場合に軍事力で奪い返すか」というアンケートに「はい」と答えたのは――。

米国88% 韓国86% 中国83% 日本81%

(同)
(同)

あくまで外交専門家の回答で一般世論とは異なるが、日本はこれまでの「吉田ドクトリン」から「安倍ドクトリン」に転換したことが理解できる。

(同)
(同)

東アジアでの中国の台頭が安全保障のプラスになると考えているのは、米国ではわずか1%。日本では2%だ。日米にとって必要なのは両者の間にミゾが生じていると中国に思わせないことだ。

安倍政権は近く集団的自衛権の憲法解釈を見直し、「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を改定する。オバマ政権は尖閣問題が武力衝突に一気にエスカレートするリスクはそれほど大きくないと考えているが、尖閣有事は日米同盟の真の試金石となる。

尖閣に中国の関係者が上陸した場合、米国側が「初期段階は外交的・経済的な手段で対応すべきだ」と説明すると、日本側が「米国は日本を守るつもりがないのか」と反発するなどの食い違いがあった。

しかし、日本を安心させるための再保証をめぐるある程度の合意ができて緊急事態対処計画を策定するプロセスが始まり、安定性を高めている。

率直に言って、問題なのは、安倍政権の首相官邸から発せられるメッセージが微妙で、オバマ政権のホワイトハウスとの事前調整が十分働いていないことだ。

自衛隊機と中国軍戦闘機の異常接近は極めて危険だ。2001年に南シナ海上空で米軍の電子偵察機と中国の戦闘機が空中衝突した事件では、ブッシュ大統領(当時)が12回も江沢民国家主席に電話をかけた。13回目でようやくつながった。中国との信頼醸成はそれほど難しい。

領土問題、歴史問題を無理して解決しようとするよりも悪化させないようにコントロールして、日韓関係を改善させることが日本にとってベストな選択肢だ。

(CSISの報告書より)
(CSISの報告書より)

濃紺の棒グラフが示すように、米国の力が衰えても、東アジアで米国が指導力を発揮することを望む国が多い。(バランス・オブ・パワーが緑色、多国間の機関を強化するが黄色、中国の優越が赤色、米中協調が灰色)

尖閣をめぐる現状変更は日中間の武力衝突に発展するリスクが極めて高い。中国がこのまま緊張をエスカレートさせれば、日中衝突は不可避となる。

中国が東シナ海での現状変更を強行するのを防ぐには、限定的な集団的自衛権の行使容認を足掛かりにして、日米防衛ガイドラインを改定、日米同盟を強固なものにするしか道がない。

日米間の相互信頼のため、尖閣をめぐる緊急事態対処計画を策定するのは、まさに焦眉の課題だ。

中国が「韜光養晦」から「強兵路線」に転換したのは、中国共産党内部の権力闘争と密接に関係している。日本は「吉田ドクトリン」や「鳩山ドクトリン」に戻れない。状況を悪化させるだけだ。

尖閣国有化で中国の領土問題と歴史問題を一体化させ、靖国神社参拝と従軍慰安婦をめぐる河野談話見直し論で韓国の態度を一段と硬化させたのは、日本の外交と安全保障にとってマイナスにしかなっていない。

日本側から歴史問題をたきつけることは愚の骨頂だ。中国や韓国国内の対日協調派の立場をさらに悪くし、対日強硬派を勢いづかせるだけだからだ。

さらにホワイトハウス、シンクタンク、米議会で大陸主義者たちが「どうして米国が安倍首相の危険な火遊びに付き合わされなければならないのか。中国とうまくやろう」と再び声を上げかねない。

そうなれば日本はグリーン氏のような最大の理解者を失うことになる。無人の尖閣諸島をめぐって世界第2、3の経済大国が対立する不毛のチキン・ゲームの針は音を立て、ゆっくり回り始めた。

リスクが無用にエスカレートしないよう、日本政府も国民も、一刻も早く万全の守りを築き上げるとともに、歴史問題という火種を消す努力を怠ってはならないと切に思う。【筆者】

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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