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イラクを襲う「イラク・レバントのイスラム国」の正体

木村正人在英国際ジャーナリスト

イラク第2の都市モスルなど北部各地を制圧し、首都バグダット北方ティクリートの一部に侵攻したとされるイスラム教スンニ派の過激派「イラク・レバントのイスラム国(ISILまたはISISと表記)」とはいったい何者なのか。

イラクの地図(グーグルマップで作成)
イラクの地図(グーグルマップで作成)

イスラムの過激化プロセスを研究する英キングス・カレッジ・ロンドン大学過激化・政治暴力研究国際センターは、ソーシャルメディアを通じてシリアのISILに加わった西欧の「イスラム戦士」を追跡調査してきた。

同センターの推定では、シリア内戦には74カ国から最大1万1千人の外国人戦士が流入。内訳は北アフリカや湾岸諸国など中東のイスラム教徒が約70%、欧米諸国から約20%に相当する最大2800人が加わっている。

彼らはシリアで実戦を重ね、武器や爆弾の扱い方を習熟。こうした外国人戦士の3分の2以上はISILか、国際テロ組織アルカイダ系のジャブハット・アル・ヌスラ(Jabhat Al-Nusra)に属している。

ISILはシリア国内で市民や対立する反体制派戦闘員に残虐行為を加えていると非難され、アルカイダの最高指導者アイマン・ザワヒリ容疑者がシリアからの撤退を呼びかけた上、ISILとアルカイダの関係を否定する声明を発表している。

「イスラム戦線」や「シリア革命派戦線」などシリア反体制主流3派も、ISILはアサド大統領よりもひどいと、激しい戦闘を繰り広げていた。

ISILの「レバント」は、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルなどの地域を指す。ISILから見ればイラク、シリア、レバノンの3カ国での戦闘は1つの紛争という位置付けだ。

モスル制圧やティクリート侵攻をイラクだけの文脈で分析すると問題の本質を見誤ることになる。

同センターの協力研究員シラツ・マハー氏らのグループは約1年かけ、シリア内戦の最前線からフェイスブックやツィッターなどのソーシャルメディアで情報発信する外国人戦士約600人を把握、うち190人とスカイプなどを使って連絡を取ってきた。

どのようなルートでシリアに入り、ISILとどこで接触し、どのような形で武器を提供されたのかリアルタイムで追跡してきた。戦闘に出かけた後、連絡が取れなくなったら、死亡したということだ。

外国人戦士の目を通じてISILを内部から分析してきたマハー氏は連続ツィートでISILの狙いについて解説している。

6月10日

「ISILがモスルを制圧したのは注目に値する。イラクで2番目に大きな都市だ。イラクの治安部隊は武器を捨てて敵前逃亡し、モスルを脱出した疑いが持たれている」

「今、シリアのISILにいる英国の外国人戦士と話したら、モスルは完全にISILの支配下にある」

「もしISILが4億2500万ドル(約433億円)を手に入れたら、イスラム国家の建設は現実になるという見方に同意する。ISILは南太平洋のトンガよりカネ持ちになる」

6月11日

「欧米諸国の政府がISILのことをテロ組織とみなすのは完全な誤解だ。千年至福王国建設の構想を追い求める極めて効果的な反乱だ」

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ISIL(地図中ではISISと表記)の行動範囲がイラクからシリアにまたがり、動脈のようにつながっていることがわかる。黒色はISILの支配地域、赤色はISILが攻撃を仕掛けている地域、ピンク色は作戦範囲だ。

「ISILはティクリートの一部を侵攻しているとされる。今、イラクで起きていることは信じ難いことだ」

「ISILをテロ組織と考えるのは間違いだ。これは広範囲の土地を支配し、サービスを提供する能力を有する反乱だ」

「多くの意味でISILが今、制圧している領土を保持できるのなら効率的にカリフ(イスラム社会の最高指導者の称号)国家を建設できる」

「ISILはバグダットの約150キロのところまで近づいた」

イラクでは2011年の米軍撤収後、イスラム教シーア派中心のマリキ政権が少数派のスンニ派を冷遇し始めたため、不満が拡大して治安が悪化している。

ISILはマリキ政権と対立するスニン派に巧妙に浸透し、今年1月には中部の要衝ファルージャなどを占拠していた。

米軍撤収後初となる4月のイラク連邦議会選で、マリキ首相を支える「法治国家連合」は全328議席中、92議席を獲得して第1党になり、マリキ続投を軸に連立交渉を進めていた。

モスルには、イラク戦争で米軍に打倒されたフセイン大統領(スンニ派)時代の高官や元兵士が10万人以上いた。ISILとイラク治安部隊の勢力差は1対15だったにもかかわらず、治安部隊はクモの子を散らすように潰走したとされる。

ISILはモスルの中央刑務所から受刑者1千人を逃がした。街からは人口の4分の1に相当する50万人が脱出した。

ISILは北部バイジにあるイラク最大規模の石油精製施設も掌握したとされる。

マハー氏はISILに参加する外国人戦士を次のようにプロファイルする。

まず、パキスタンなど南アジアに系譜を持つ20代の保守的なイスラム系移民で、高等教育を受け、イスラム系団体で活動していることが多い。

01年の米中枢同時テロのあと、治安当局に目をつけられ、当局に反感を持つテロリスト予備軍と、保守的なイスラム教徒というだけで過激でも何でもないごく普通の若者の2グループに分類できる。

後者は、ソーシャルメディア上で布教活動を行う「喧伝者」に影響され、シリアに向い、気づかないうちにISILに取り込まれていく。「喧伝者」とISILの関係はまだわからないという。

イラクの石油生産量は日量330万~350万バレル。バグダットが陥落すれば、ISILはイスラム国家建設のための莫大な利権を手に入れることになる。

イラクとアフガニスタンという「2つの戦争」の終結に邁進してきた米国のオバマ政権は、アルカイダでさえ凶悪とみなして絶縁したISILによるイスラム国家建設という、とんでもない問題に直面している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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