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ゾウ狩りで墓穴掘ったスペイン国王 4割が「王室廃止」望む

木村正人在英国際ジャーナリスト

国王フアン・カルロス1世(76)が退位を発表したスペインで、王室存続の是非を問う国民投票を求める声が高まっている。

60以上の都市で数万人が抗議行動を起こし、全国紙パイスが6月4~5日に実施した世論調査で「国民投票を行うべきだ」との回答が62%に達した。

スペインは今年第1四半期の国内総生産(GDP)成長率が前期比で0.4%とようやく景気回復の兆しを見せているものの、失業率は25.1%、若年失業率は53.5%と高止まりしている。

こうした不満を受け、ツイッターで国民投票を呼びかけたのは先月下旬の欧州議会選で5議席(得票率8%)を獲得した新党Podemos。オンライン署名は11万3千人集まった。

Podemosは社会民主主義的な小集団が結集してつくられた新党で、ソーシャルメディアで国民党と社会労働党の二大政党を批判して大躍進した。

カルロス1世の人気は2012年まで約80%が支持するほど高かった。フランコ独裁の暗黒時代から民主化に向け、祖国スペインの舵を大きく切ったからだ。

36年余り専制政治を続けたフランコ総統から元首後継者に指名されていたカルロス1世はフランコ総統が死去した2日後の1975年11月22日に即位。

カルロス1世は民主化を進め、議会制民主主義を導入した。81年2月に200人の護衛兵が下院に乱入、軍事クーデターを起こそうとした際には、TVで演説し、クーデターを止めるよう呼びかけた。

また、昨年3月に死去したベネズエラの悪童チャベス大統領を一喝したことでも有名だ。

2007年、チリの首都サンティアゴで開かれたイベロアメリカ首脳会議で、当時のサパテロ首相が演説中、チャベス大統領が野次を飛ばし続けて妨害。これに対し、カルロス1世は「黙ってろ」と怒鳴りつけたのだ。

もともと、ロシアでクマ狩りをするなどハンティング愛好家のカルロス1世。報道陣に「高い失業率が心配で夜も眠れない」と話した数週間後の12年4月、アフリカのボツワナでゾウ狩りをしていたことが発覚。仕留めたゾウの前で記念撮影までしていた。

さらに、次女のクリスティーナ王女(48)が元ハンドボール五輪代表選手の夫の公金横領事件に関与していた疑いが浮上。仕事がなくて苦しんでいるスペイン国民の怒りに火をつけてしまった。

民主化スペインの「国父」だったカルロス1世の人気も急落。世論調査で3分の2が退位を求める中、スペイン政府は今月2日、カルロス1世が退位し、フェリペ皇太子(46)が王位を継承すると発表した。カルロス1世は体調もすぐれなかったという。

身長198センチのフェリペ皇太子はバルセロナ五輪のヨット競技代表選手。2020年の五輪招致ではマドリードのプレゼンを行い、一時は東京を追い詰めた。

王室も今や人気が何よりも大事だ。「血筋」よりも「属人的な人気」が王位の正当性を支える。カルロス1世は、無傷で人気が高いフェリペ皇太子に王位を引き継ぐことで窮地をしのごうと考えたようだ。

もし王室の存続を問う国民投票が実施されたら、49%がフェリペ皇太子の即位を支持、36%が共和制への移行に投票すると回答している。

高齢化する欧州の王室では昨年、オランダのベアトリックス女王(76歳)とベルギーのアルベール国王(80歳)が相次いで退位。カルロス1世で3人目だ。

方や88歳のエリザベス女王は元気一杯。フランスで開かれたノルマンディー上陸作戦70周年記念式典にも出席した。

英王室で退位したのは、シンプソン夫人との「王冠を賭けた恋」で有名なエドワード8世(1894~1972年)だけ。亡くなるまで王位を務め上げるのが英王室の伝統だ。

世界金融危機に続く欧州債務危機の波紋はスペイン王室を直撃している。スペインでは先月、北東部カタルーニャ自治州が分離独立の是非を問う住民投票実施に向け提出していた請願を国会が否決したばかり。

英国では今年9月にスコットランド地方の独立を問う住民投票が行われるが、賛成39%、反対42%と3ポイント差まで接近。次期総選挙で保守党が勝てば2017年には欧州連合(EU)に残留するか、離脱するかを問う国民投票が実施される見通しだ。

17年は、フランス大統領選とドイツ総選挙が予定される欧州の「ビッグイヤー」だ。国民投票や選挙の結果次第で、EUや単一通貨ユーロは今の形のままでは存続できないかもしれない。

奥の手の「マイナス金利」まで繰り出した欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁だが、「成長」を呼び起こせず、金持ちの「資産」を膨らませるだけに終わってしまったら、怒りの炎に油を注いでしまうことになりかねない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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