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民主主義の終わりが始まった!?【デモクラシーのゆくえ:欧州編】

木村正人在英国際ジャーナリスト

英国では22日、来年5月の総選挙の前哨戦となる統一地方選と欧州議会選の投票が行われた。地方選では、欧州連合(EU)からの離脱を唱える英国独立党(UKIP)が躍進、連立与党の保守党と自由民主党が大幅に議席を減らしている。

英BBC放送によると、23日午前11時(日本時間同日午後7時)の時点で、最大野党・労働党が714議席(プラス117議席)、保守党は632議席(マイナス107議席)、自由民主党は196議席(マイナス106議席)、UKIP(ユーキップ)が90議席(プラス89議席)となっている。

欧州議会選の開票は25日に行われるが、事前の世論調査ではUKIPが英国内の第1党になる見通しだ。

地方政治は「4党」時代に突入した。国政レベルでは保守党と労働党が政権を争う「2大政党制」が定着してきたが、前回2010年の総選挙ではどの政党も単独過半数に届かず、第二次大戦の戦時内閣以来、初めて連立政権が組まれた。

英国流の多数決型議院内閣制(ウェストミンスター・モデル)は最も安定した民主主義モデルの一つとされてきたが、2大政党の得票率は1951年総選挙の95%から前回は65%まで下がっている。UKIPの台頭で英国の政治は「不確実性の時代」に突入したと言わざるを得ない。

今後の影響を予想すると――

(1)UKIPに票を奪われた保守党の政策がEU統合にブレーキをかける方向に一段と傾く。

(2)自由民主党党首のクレッグ副首相の党内求心力がさらに弱まり、連立政権の基盤がぐらつく。

(3)英国からの独立、EU残留を希望する地域政党スコットランド民族党への支持が上昇し、スコットランド独立の是非を問う9月の住民投票に大きな影響を与える。

(4)UKIPには労働党を支持してきた単純労働者の票も流れており、労働党の移民政策が厳しくなる可能性がある。

まさに地殻変動の前触れが起きたのだ。こうした変化は英国や欧州にとどまらない。民主主義と市場主義への倦怠感は先進国に共通した現象といえるだろう。

英国の政治をかき回しているのは、UKIPのナイジェル・ファラージ党首(50)。ブラックユーモアで笑いを誘う巧みな弁舌。EUへの懐疑、急増する移民への嫌悪、既存政党・職業政治家への不信にささやきかける。

UKIPのファラージ党首(筆者撮影、右)
UKIPのファラージ党首(筆者撮影、右)

17~19世紀に高揚した「国民国家」意識を呼び覚まそうとするファラージ党首は、筆者には「悪魔の道化師」に見える。不安や不満、人間の深層心理に潜む嫌悪に働きかけることに長けていても、彼の主張に「未来」を見出すのは難しい。

にもかかわらず、UKIPは躍進している。

22日、筆者は近所の投票所で投票を終えた有権者の声を集めた。民主主義の未来に関心があるからだ。筆者の自宅周辺は伝統的に労働党の支持基盤だ。

「反EU、反移民だけを唱えるUKIPには投票しない」「政権担当能力がない政党に投票するのは破滅的な行為だ」「英国はEUにとどまらなければならない。離脱すれば、英国は経済的利益と機会を失う」

こうした声が多かったので少しは安心していたのだが、ファラージ党首は有権者の気持ちをつかんでいた。下院議員の34%は有名私立校出身、全国平均の約5倍だ。下院議員に単純労働経験者はわずか4%しかいない。

こんな議員連中が私たちの気持ちを代弁してくれるわけがない。地方選の開票結果からはこんな有権者の恨み節が聞こえてくる。

かつて議会は国王から権力を取り上げ、有権者の声を代弁した。しかし、今や有権者の目には、議会も政府も政治家も権力とその手先に映る。両者の距離は遠のく一方だ。

ファラージ党首のざっくばらんな語り口は有権者の心に入り込んだ。しかし、忘れてはならないのは、ファラージ党首がコメディアンのような外見と語り口で撒き散らす言葉の数々である。

「EU28加盟国の中で、すべての犯罪の7%は240人のルーマニア人ギャングによって起こされている。彼らがドーバー海峡を渡ってくるのを防げば、何も心配する必要はないのだ」

「EUの息の根を止めたい。しかし、民主的に、だ。もし、民主的な方法で終わらせることができなければ、EUは非常に不幸な形で終わりを迎えることを懸念する」

「まず英国を自由にしよう。そして、他のEU諸国に例を見せるのだ。人々に解放軍への参加を呼びかけよう。私たちを今の混乱に陥れたエリートたちを駆逐するために」

これはデマゴーグ以外の何物でもない。ファラージ党首は移民規制を呼びかけるさまざまな数字を列挙するが、事実とはかけ離れており、扇動のための道具として使っている。

UKIPは、EUが英国民の税金を無駄遣いしていると糾弾するが、その税金を最も不透明に使っているのがファラージ党首である。

もともと欧州議会議員の給与や経費は高額だ。(2009年、英紙ガーディアンの報道)

基本給は最高で年8万3282ポンド(約1430万円)

一時退職金は4万1573ポンド

議員経費は年36万3000ポンド

しかも、経費を使っても領収書を議会事務局に提出する必要はない。

ファラージ党首はこうした特典を利用して、妻をスタッフに雇い、給与として年2万ポンド支給。スタッフの経費は22万ポンドもある。さらにスタッフを愛人にしていた疑惑まで欧州議会で指摘された。

事務所経費をめぐる疑惑も報道された。

ファラージ党首とUKIPの欧州議会議員は合計で年80万ポンド近い経費をEUから受け取っている。英国をEUから離脱させ、EUを解体に追い込むために。

UKIPの台頭は、西洋の民主主義が大きな曲がり角を迎えていることを意味しているのか。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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