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「プーチンはヒトラーと同じ」英皇太子発言の真意

木村正人在英国際ジャーナリスト

チャールズ英皇太子(65)が訪問先のカナダで一般人女性と話した際、「プーチンが今やっていることはヒトラーと変わらない(And now Putin is doing just about the same as Hitler)」と述べたことが外交問題に発展している。

駐英ロシア大使が22日、英外務省を訪れ、チャールズ皇太子の発言の真意を確かめるそうだ。英王室は「私的な会話」と説明しているが、ロシア政府は「ヒトラーと変わらない」というのが英政府の公式見解かと問いただす。

「ソ連はナチス・ドイツを撃破した大祖国戦争で2千万人もの犠牲を出したのに、継承国ロシアの国家指導者をナチスのヒトラーにたとえるとはけしからん」というわけだ。

日本と同じ立憲君主国の英国でも、王室の権限は儀礼的な行為に限られるが、エリザベス女王が週に1度の首相との会見でいろいろご下問されているのは衆知の事実だ。

「立憲君主制では、政策や外交は議会と政府により運営されるべきだ」という批判が下院議員から出ているが、自由民主党党首のクレッグ副首相は「皇太子には自分の見解を示す資格がある」と擁護した。

チャールズ皇太子が国際問題について発言するのは珍しくない。

今回は、カナダの博物館で、ユダヤ人大量虐殺により親族を亡くした女性と言葉を交わした際、ロシアのクリミア編入を批判したと報じられている。

チャールズ皇太子はチベットの良き理解者として有名だ。

1997年の香港返還の際には自分の日記に、中国指導者を「ゾッとさせる古いロウ人形だ」と書き込んでいた。以前は、訪英した胡錦濤国家主席らとの晩餐(ばんさん)会も欠席していたほどだ。

2008年夏の北京五輪開会式にチャールズ皇太子が出席するのではという観測が流れた際、国際人権団体「フリー・チベット・キャンペーン」(本部ロンドン)が「皇太子が開会式に出席すれば、チベットの人権状況は改善されたという中国の宣伝工作が勝利を収める」と手紙を出した。

皇太子は個人秘書の書簡を同団体に送り、「皇太子は長らくチベットに関心を持ち、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世とも会談している。開会式には出席しない」との見解を明らかにした。

開会式ボイコットの態度を世界で初めて明らかにしたのは、何を隠そうチャールズ皇太子だったのである。

父親、フィリップ殿下譲りの硬骨漢というか、率直なチャールズ皇太子は、国境を平然と書き換えるプーチン大統領を止めることができない欧米の国家指導者に業を煮やしているに違いない。

力づくで国境を書き換える行為が見逃されたら、国際秩序は一気に崩壊する。第二次大戦では、ヒトラーによる現状変更に目をつぶったことが状況を悪化させた。

「クリミアはもともとロシアの一部だったから、しょうがない」という意見はプーチン大統領の利益を代弁している。

最近、ある討論会で、筆者が反プーチンの急先鋒と信じて疑わなかったブレントン元駐ロシア英国大使が2008年のグルジア紛争に関連し、「南オセチアはロシアだ」と発言するのを聞いて、愕然とした。

会場からは、もちろん激しいブーイングが上がった。

皇太子の発言は、こうした空気に異を唱えるものだ。「原則なき妥協」は「力による横暴」を誘発する。政治と外交には関与しないという建前をタテにとり、「正論」を主張したチャールズ皇太子。

そこに英王室の伝統と知恵を読み取るのは、勘ぐり過ぎだろうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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