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英プレミアリーグの結果が物語るロシアの凋落【デモクラシーのゆくえ:欧州編】

木村正人在英国際ジャーナリスト

サッカーのイングランド・プレミアリーグは11日、アラブ首長国連邦(UAE)の投資会社アブダビ・ユナイテッド・グループに2008年に買収されたマンチェスター・シティーが3年間で2度目の優勝を決めた。

今季を振り返ると、問題児FWスアレスがスーパースターに急成長し、若手を引っ張ったリバプールの快進撃、名将ファーガソンからモイーズに交代したマンチェスター・ユナイテッドの凋落が注目を集めた。

しかし、「金満リーグ」と呼ばれるプレミアリーグの中で、最も「金満クラブ」のマンチェスター・シティーが優勝したことに感動を覚えたのは、オーナーのマンスール・ビン・ザイド・ナハヤンUAE副首相とシティーのサポーターぐらいだ。

智将モウリーニョが復帰したチェルシーは、シーズン後半、見るに耐えない10人守備の「醜いサッカー」に徹したが、屈辱の3位に終わった。

世界のマネーと選手や監督のタレントが集まるプレミアリーグは国際情勢の縮図でもある。チェルシーのオーナーはご存知の通り、ロシアの新興財閥(オリガルヒ)の1人で石油王だったアブラモビッチ。

しかし、世界金融危機で巨額の資産を失ったと報じられる。中東のオイルマネーは今や、ロシアマネーより圧倒的に強いということだ。

スポーツ専門チャンネルESPNのマガジン&スポーティングインテリジェンスが先月、選手1人当たりに最も高額な報酬を支払っているスポーツクラブを調べた結果を公表した。トップ10はご覧の通りだ。

(1)マンチェスター・シティー 533.7万ポンド(約9億1800万円)

(2)ニューヨーク・ヤンキース(米・野球)528.6万ポンド

田中将大、イチロー、黒田博樹

(3)ロサンゼルス・ドジャーズ(米・野球)511.9万ポンド

(4)レアル・マドリード 499.3万ポンド

(5)バルセロナ 490.1万ポンド

(6)ブルックリン・ネッツ(米・バスケットボール)448.5万ポンド

(7)バイエルン・ミュンヘン 440.2万ポンド

(8)マンチェスター・ユナイテッド 432.2万ポンド

香川真司

(9)シカゴ・ブルズ(米・バスケットボール)398.5万ポンド

(10)チェルシー 398.4万ポンド(6億8600万円)

チェルシーがどうあがいてもマンチェスター・シティーに勝てなくなっている理由が一目瞭然だ。

ウクライナ危機でロシアのプーチン大統領がクリミア編入を強行したことで、チェルシーが今後、プレミアリーグを制するのは一段と難しくなったのでないか、と筆者は予想する。

モウリーニョが前回チェルシーを率いた04~07年、プーチン大統領の外交はまだ穏やかだった。しかし、08年のグルジア紛争以降、ロシアの天然ガスに依存する旧ソ連圏諸国は依存度を下げる懸命の努力を続けてきた。

サッカー・UEFAチャンピオンズリーグの今季のスポンサーはロシア国営天然ガス企業「ガスプロム」。これはどう見てもガスプロムが欧州の消費者を欲していることを物語る。

しかし、今回のウクライナ危機は欧州の消費者をロシアの天然ガスから遠ざける。クリミア編入は「経済的にはプーチン大統領の自殺点だ」と、シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)アジアのPierre Noel上級研究員はいう。

「ガスプロム」は中国石油天然ガス集団(CNPC)への天然ガス供給の交渉が最終段階に入ったと発表、プーチン大統領は欧州から「アジア・ピボット」戦略に転換する構えを見せるが、そんなに簡単にはできない。

天然ガスを輸出するにはパイプラインを敷設しなければならず、地政学と密接に関係している。ロシアと欧州は地政学的にも歴史的にもつながっており、ロシアと欧州連合(EU)の経済関係は切っても切り離せない。

バルト三国やフィンランドのロシアの天然ガス依存度は100%。ブルガリア、チェコ、ポーランドは90%前後にのぼる。「鉄のカーテン」はなくなったが、「ガスのカーテン」は依然として残っているのだ。

欧州で消費する天然ガスの15%はロシアからウクライナ経由のパイプラインで輸入する。Noel上級研究員によると、ウクライナ危機でEU諸国は表向きプーチン大統領を批判しているが、裏ではウクライナを回避するパイプラインの建設を話し合っているのだそうだ。

冷戦期の1970年代、欧州の天然ガス輸入のシェアはロシアが90%以上を占めていた。しかし、EUは輸入先の多様化を進め、ロシアのシェアは40%を切る。

2012年、EUがロシアから輸入した天然ガスは1300億立法メートルだったのに対し、ノルウェーからは1066億立法メートル。カタールやアルジェリア、ナイジェリアからの液化天然ガスの輸入も増えている。

ロシアにとって問題なのは欧州向けのパイプラインの容量が3090億立法メートルもあるのに、輸出量が42%にとどまっていることだ。だから、ガスプロムは大金をはたいてチャンピオンズリーグのスポンサーになったのに、プーチン大統領のクリミア編入で意味がなくなってしまった。

プーチン大統領の動機は、「強いロシア」の復活、面子の問題、領土拡大、地域の安定なのか。「動機は一つしかない。安全保障面から軍事的な要衝であるクリミアを押さえる必要があったからよ」と英紙インディペンデントのMary Dejevsky主筆は筆者に語った。

プレミアリーグでは「勝ち組」「負け組」がはっきりしてきた。グローバル化した世界でも「勝ち国」「負け国」が別れてきた。ロシアに格安の天然ガスを売ってもらわないと経済が回らないウクライナは典型的な「負け国」だ。

ウクライナに残された道はおそらく「債務不履行(デフォルト)」しかないだろう。これはプーチン大統領の責任ではない。独立後、腐敗一掃や経済改革を推進できなかったヤヌコビッチ、ユーシェンコら歴代政権とウクライナ国民の責任なのだ。

そんな国を本気で助けようという国が果たして、いるのだろうか。

1992~2013年の間に購買力平価で旧ソ連諸国の1人当たりの実質国民総生産(GDP)がどれだけ伸びたか見てみると、アルメニアは400%強、トルクメニスタンは300%強、ベラルーシ、アゼルバイジャンも250%強増えたのに、ウクライナは50%弱。(英誌エコノミスト)

ウクライナ改革の道は果てしなく遠く、極めて険しい。だから、ウクライナ東部ではロシアに隷属する道を選ぶ国民があれだけ多いのだ。誰も自立しようなんて思ってはいない。

一方、ロシアの数値は130%前後。プーチン大統領が国際社会で強く出れば出るほど、ロシアが再び「負け国」に転じるリスクは膨らむ。ウクライナとの違いは、ロシアには豊富な天然資源があるということだけだ。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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